信じても苦しい人へ 神から始まる新しい「自分」最終回 超越への道② 〜下る信仰へ〜

 

中村穣 (なかむら・じょう)

2009年、米国のウエスレー神学大学院卒業。帰国後、上野の森キリスト教会で宣教主事として奉仕。2014年、埼玉県飯能市に移住。飯能の山キリスト教会を立ち上げる。2016年に教会カフェを始める。現在、聖望学園で聖書を教えつつ、上野公園でホームレス伝道を続けている。

 

自分が弱っているとき、イエス様のところに行って元気をもらうのは良いことです。しかし、元気になった途端に、「それでは行ってきます!」と、イエス様のところから離れてしまう感覚を体験したことはないでしょうか。

また奉仕で疲れきっているときに、イエス様のところに行って力をもらってがんばる。しかし、また疲れてイエス様のところに行く。ガソリンがなくなったときだけ、ガソリンスタンドに行くように、満タンのときは必要とせず、空っぽのときにだけイエス様を必要としていませんか。どんなときでもイエス様と一緒にいたいのに、なぜ離れてしまうのでしょうか。

それは、自分が向上することを目指しているからです。本当の信仰の成長は自分が下り、減少する道にあるのです。

私たちは、いろんなことができるほうが自信になる、やりがいがあるほうが幸せだと思ってしまいます。スケジュールが埋まっていないと、自分は必要とされていないのかなと不安になってしまうことがあるのは、「減る」よりも「増える」ほうがいいと思っているからです。

この連載の中で幾度となく登場しているユダヤ人哲学者レヴィナスは大虐殺を体験し、親戚をみな殺されました。彼は収容所にいるときに、自分の指針が崩壊する経験をします。収容所に入る前、レヴィナスは大学の講壇から希望を語り、愛を語っていました。しかし、収容所の中で人間がいとも簡単に人を裏切り、憎み、殺し合う様を体験し、自分が真実だと思っていたことがすべて崩れてしまいました。

彼は嘆きました。明日がどうして来るのか、と。明日があることが苦痛で、死ぬことしか考えられなくなっていました。そんなときに、神様からの気づきがありました。それは、自分の中には絶望しかない。しかし明日が来るということは、“私は生きているのではなく、生かされている”という気づきでした。

自分の中に何もなくなるときに初めて、私たちは神様の偉大さがわかるのです。暗闇を通して神様の深みへと進むのです。レヴィナスのように自分の心の暗闇にある絶望を認め、神様のもとに下るときに、自分をはるかに超える創造主なる神様と出会うのです。それは、祈りを聞いてくれる神様ではなく、私の願いをも超える大きなご計画を持つお方です。

自分の理解できる範囲の神様を見るとき、私たちは神様が“してくれること”を見ています。しかし、暗闇で出会う神様は計り知れないので、あなたはきっと神様の本当のお姿を確かめようとするでしょう。何をしてくれるかさえもわからない。しかし、神様がそこにいてくれるだけで平安があります。

「私」が下るとき、この私を愛で包み込む神様に出会うのです。私たちが人生をどう生きていくかではなく、いのちが自分の外から与えられ、生かされているのです。そこには、十字架の犠牲の愛があります。与えられたいのちがあります。聖霊が共におられ、新しい「私」を始めてくださるのです。

ですから、私たちは増えることを目指すのではなく、減少する必要があるのです。信仰は、私が下る道です。

キリストの賛歌(ピリピ人への手紙二章)には、イエス様がご自分を無にされ、へりくだって人となって、私たちの罪を贖うために十字架に架かってくださったことが書かれています。そのへりくだりと従順さを読んで、私たちは「キリストを模範とする」ことを目標にするかもしれません。本田哲郎師が訳したこの箇所は、キリストのへりくだりを模範とするのではなく、「低みから働く神を啓示しているキリストの賛歌」だと言っています。貧しく生きよう、へりくだろうと教えているのではなく、たとえ人が人生の「低み」にいようとも、神様はそこから人を救い出してくださると語っている、と言いました。

私たちが信仰の下る道を行くのは、キリストを模範としてへりくだって自分の人生を生きるためではありません。イエス様の愛を知れば知るほど、低みから恵みを注いでくださるイエス様の謙虚さと出会うのです。王としてではなく、人としてこの地上に来られたイエス様がおられる場所、その低みへと下りたいと思います。

レヴィナスは「身代わりによってこそ、私は一人の他者ではなく、 私なのである」と言います。暗闇を下るとき、あなたは、神から始まる自分と出会います。何かできる自分ではなく、「私を救うことができるのはあなただけです」と力強く告白できる、あなたの始まる瞬間です。

※約1年半ご愛読いただき、誠にありがとうございました。この連載が1冊の本となります。
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