つい人に話したくなる 聖書考古学 第6回 十字架刑は「窒息死」!?

杉本智俊
慶應義塾大学文学部教授、新生キリスト教会連合(宗)町田クリスチャン・センター牧師(http:// www.mccjapan.org/)

〈前回からのつづき〉
エルサレムの町に入城したイエス・キリストは、自らの預言通り、買収された弟子ユダの裏切りによって、ユダヤ人指導者たちの手に渡されます。

「イエスをつかまえた人たちは、イエスを大祭司カヤパのところへ連れて行った。そこには、律法学者、長老たちが集まっていた。……さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える偽証を求めていた」(マタイの福音書26・57、59)

ここで「議会」とあるのは、〝サンヘドリン”というユダヤ人議会のことです。当時のユダヤはローマ帝国に支配されており、ユダヤ総督が派遣されていましたが、サンヘドリンは宗教的な権威を維持していました。

大祭司は、ユダヤ教の最高権威者であり、ユダヤ社会に大きな発言権を持っていたのです。そこで彼らは、ローマ帝国のユダヤ総督ピラトに訴えを起こします。

「夜が明けるとすぐに、祭司長たちをはじめ、長老、律法学者たちと、全議会とは協議をこらしたすえ、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した」(マルコの福音書15・1)。このピラト―ポンティウス・ピラトゥスという人物が、ローマ帝国から派遣されていたユダヤ総督です。

ローマ人であるピラトには、〝救い主と名乗った”という、神への冒とく罪は理解できず、イエスをユダヤのヘロデ王のところに送ります。ヘロデ王は、「いろいろと質問したが、イエスは彼に何もお答えにならなかった」(同23・9)ため、再び「ピラトに送り返し」(同23・11)ます。

総督ピラトはもう一度、「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません」(同23・14)と答えます。

しかし、ユダヤ人の指導者や、祭司たちは群衆を扇動し、イエスを「十字架につけろ!」と叫び続けました。暴動になるほどの激しさに、総督ピラトは騒ぎを鎮めようとその要求をのみ、イエス・キリストは十字架刑に処せられることになるのです。

この裁判が行われた場所について、聖書は「そこでピラトは……イエスを外に引き出し、敷石(ヘブル語ではガバタ)と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた」(ヨハネの福音書19・13)と記しています。

この敷石―ガバタは、現在の「神殿の丘」の北側にある教会の地下、アントニア要塞の中庭があった場所で発見されています。

過越の祭りには、全国からユダヤ人たちが集まるため、混乱などが起こっても対処できるよう、総督ピラトはローマ兵とともにエルサレムの町を訪れていました。ローマ兵が駐屯し、総督ピラトが滞在したのが、このアントニア要塞になります。

 

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Q 十字架刑とはどのようなものですか?

死刑執行には、ローマ帝国の許可が必要だったのだと、しばしば言われます。けれど聖書には、石打ちによって殺されたステパノという人物も出てきますから、ユダヤ社会内でも、石打ちで殺すことはできたようですね。

「人々は大声で叫びながら、耳をおおい、いっせいにステパノに殺到した。そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した」(使徒の働き7・57、58)

ここでユダヤの指導者たちは、イエス・キリストを“犯罪者”とするために、ローマ帝国の法のもとで死刑にしようとしたようです。
この処刑法のひとつ、「十字架刑」の存在は、記録に残されています。

十字に交差させた木に、手足をくぎなどで打ちつけ、その木を地中にたてる磔刑の一種で、意外とひんぱんに行われていたようです。はりつけ状態では、自然と体は下に下がっていきます。

しかし、呼吸するために横隔膜を伸縮させるには、体を上へ持ち上げなければいけません。

何度も体を持ち上げて息をしますが、徐々に手足の力だけで身体を持ち上げることができなくなり、呼吸困難へと陥り、ついには絶命する刑です。死因は窒息死なので、絶命までは何時間も、ひどい場合には数日かかることさえあったようです。

残酷な刑と言われるのはこのためです。

 

Q くぎは手足のどこに打ったのですか?

考古学的にも、十字架刑による遺体と思われるものがギヴァト・ハ・ミヴタルの墓から見つかっています。

くぎの打たれた場所は、手のひらや重ねた足の甲だと思っている人も多いようですが、手の場合は手首の骨と骨の間、足については、足のかかとの骨にくぎが刺さっていました。

手のひらや足の甲だと、弱すぎてすぐに肉が割けてしまうからでしょう。発見されたくぎの長さは、十センチぐらいです。いずれにしても、非常に残酷な刑罰であったことには間違いありません。

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