書評Books: 「愛の余韻」は絶えることなく

シオンの群教会 牧師 吉川直美

『愛の余韻 榎本てる子 命の仕事』
榎本てる子 著 青木理恵子 編
B6判 1,800円+税
いのちのことば社

本書は、二〇一八年に五十五歳で召された「榎本てる子」という、HIV/AIDS事業の展開、組織化等、数々の実践を通してキリストの愛を生き抜いたひとりの牧者の心の軌跡と、彼女が出会った四十三人の方たちの追悼文─いや、ラブレターから成っている。
榎本てる子さんについて、私は寡聞にして知る機会がなかった。聞いたことがあったとしても、遠い人のように感じていたのかもしれない。三浦綾子の『ちいろば先生』のモデル、榎本保郎牧師のご息女である。しかし、おそらくご本人が誰よりも父の名の重さにあえぎ、このように紹介されることが不本意であったことは、本書を読んだ今ならばわかる。
前半部分は、その父の死と、義理の兄の死に対する痛みを抱え、当時、日本では学ぶことのできなかったグリーフケア、チャプレンの研修を受けるために留学したカナダでの心の揺れや出会いを描いた「カナダ留学日記」である。若きてる子さんのアジア人であるがゆえのコンプレックス、差別や孤独、そして死にゆく人のもとに初めて行く不安と失望、そこで味わう小さな喜びや出会い─後の生き方の原点が垣間見られるとともに、グリーフケアのエッセンスも詰まっている。
後半の生前親交があった方たちによる「榎本てる子の横顔」からは、豪放磊落、時には下ネタを投下するほど自由奔放、人を巻き込む天才、羨ましいほど愛し愛された人─その人となりがたっぷりと伝わってくる。こうして「榎本てる子」という一冊の書物の芳醇さに引き込まれ、読了後は奇しくも、鳥井新平氏がおっしゃっている「榎本てる子」体験をさせられていることに気づく。
「Celebration of life」(葬儀)で飾る写真に、あえて闘病中の写真を指定しておられたというエピソードには唸るしかない。「あんたはどうや?」「どう生きて死ぬんや?」と笑顔で問われている気がするのだ。「愛のテロリスト」が遺した「愛の余韻」は、地上を去られた今もなお、私たちを巻き込み続けている。