時代を見る眼 380 震災を越えて、今〔2〕 仙台から
3・11を思う
元 仙台市消防局若林消防署長 八巻正之
明日は3月11日、東日本大震災から15年を迎えます。
当時私は、仙台市の海沿いを所轄する若林消防署長を務めていました。「岩手県宮古市で津波10メートル超」という情報が消防無線を通じて流れました。情報を冷静にとらえ、対処する立場の自分が慌てています。間もなく管轄の海岸にも津波が襲来、海岸近くの消防分署や避難誘導に向かった隊員たちはほぼ絶望なのではないかと、心が激しく動揺しました。
夕方になって、雪が降り、現場に向かいました。薄暗い中、何もない光景が目の前に広がっていました。夜になり、静かな中に助けを呼ぶ声がします。しかし、暗闇のゆえ、その声の場所が皆目わかりません。そのうち聞こえなくなっていきました。
1週間ほど過ぎたころに、数十年信仰を共にする3人の友の顔が浮かび、自分の心の叫びを書き送りました。
「敬愛する友へ、八巻です。時間が少し空きましたので、現状報告をします。……海側すべての地域は建物が皆無で、瓦礫とクラッシュした車の山になっています。その中にはいまだ救出されていない方々もおり、この時点では生存者の救出は望むべくもありません。……小学生であろう女の子の遺体がありました。数多くの現場がそうでした。……必死で逃げていた光景を思うとき……人の命がこんなにも簡単に奪われてしまうことについて、災害だから仕方がないと割り切れない思いでいます。祈って心を通わせましょう。……」
現場で毎日見つかる数多のご遺体を、自分の心を閉ざして収容せざるを得ない思いと、その中には救助要請に応えきれずに亡くなった方々もいたであろうという悔しい心を話すことができました。
家族を亡くしても、友を亡くしても、日々の生活が奪われても、15年の時を経ても、今を生きる人が多くおられます。その人たちのための祈りと、その祈りを形にすることが求められています。仙台地区の教会で、現在も続けて行なわれている訪問も、その一つです。
生活が戻り、人々の歩みが日常になっている今、震災直後から言われ続けている、薄れていく記憶を阻止し、災害を伝え続けることが、被災地にある教会として、そしてそのすぐ近くにいた自分の果たす使命であると思っています。(2026年3月10日)