時代を見る眼 377 聖書通読の楽しさをあなたに〔2〕

文脈をたどりながら聖書を読む

厚木福音自由教会牧師
清水 顕孝(かねたか)

 通読をしていると、特定のみことばに目がとまり、そのみことばを深く掘り下げたくなることがあります。大変すばらしいことですが、みことばの意味が解らないと次に進めない、という難点があります。通読する場合、深く読むよりも広く読んだほうが進めやすくなります。
 なかなか進まないという方にお勧めしたいのが、「文脈をたどりながら読む」ことです。一つの単語や節に注目するのではなく、全体の流れを意識しながら聖書を読むようにしてみてください。
 言葉というのは、その言葉が使われている文脈によって意味が異なります。前後の状況、出来事の背景によって意味が大きく変わるものです。書き手や話し手の意図を正確に把握するためには、全体像を把握してから細かいところに目を向ける必要があります。
 聖書通読も同じです。聖書が伝えようとしていることを正確に読み取るためには、点で捉えるよりも大きな視野をもって面で捉えたほうが役に立ちます。
 イエスさまがエマオに向かう2人の弟子に福音を説き明かされた方法が、まさにそうでした。イエスさまは、聖書全体からメシアについて説き明かされています(ルカ24・27参照)。
 イエスさまの説き明かしを聞いた2人の弟子は、ようやく聖書の意味を正しく理解するようになります。そして、説き明かしを聞いている間、その心の内が燃えていました。
 あたかも何枚も重ねた写真からイエス・キリストの顔が浮かび上がる絵のように、全体を意識しながら聖書を読むと、聖書が伝えようとしていること、すなわち「キリストによる救い」が鮮やかに浮かび上がってきます。
 当教会の教会員のある姉妹が、文脈をたどりながら通読した時の経験を分かち合ってくれました。文脈をたどりながら読んでいると、それまで誤解や曲解が多かったことに気づかされたそうです。聖書全体の流れや出来事の背景を意識すると、なぜか聖書に記されていることが今の自分に当てはまることが多く、不思議だった、と言います。
 みことばが自分に深く関わってくることで、罪の悔い改めや救いの確信、神の恵みを知ることが多かったと、通読が充実している様子でした。
 みなさんも今年は、文脈を意識しながら聖書を読み進めてみてください。