特集『教会福音讃美歌』十周年を迎えて ~これからの讃美~ 不確実な時代の宣教と讃美

日本語で最初の讃美歌が訳されてから百五十年、歌いやすく、美しい日本語で讃美歌が収録された『教会福音讃美歌』が発行されてから十年―。節目の年に、あらためて日本の讃美歌の歴史を振り返りつつ、これからの讃美について考えます。
『教会福音讃美歌』がどのように発行されたのか、その経緯や特徴もご紹介します。

 

福音讃美歌協会(JEACS)監事  中山信児

日本語讃美歌の歩み
「今から百四十年前の一八七二年、最初の日本語讃美歌である『エスワレヲ愛シマス(Jesus LovesMe)』と『ヨキ土地アリマス(Happy Land)』が宣教師によって翻訳され、公にされました」

これは『教会福音讃美歌』の「まえがき」にあることばです。二〇二二年は『教会福音讃美歌』刊行十周年にあたりますが、同時に、最初の二つの日本語讃美歌が宣教師によって訳されてから百五十年の節目にもなります。ここで今一度、日本語讃美歌の歩みを振り返りたいと思います。

二つの讃美歌が訳される八年前の一八六四年、横浜のジェームズ・バラ宣教師宅で、日本人を対象とした最初の日本語礼拝が行われましたが、その時、讃美歌は歌われませんでした。日本語の讃美歌がなかったことに加えて、会衆である日本人は、まだ西洋の音楽を歌うことができなかったのです。

その後、特に女性宣教師や宣教師夫人たちの努力によって、日本人は、人前で声を合わせて歌うことや、西洋の音階やリズムを受け入れることができるようになりました。

そして、一八七四年には、日本の各地で小さな讃美歌集が出版されるまでになります。一八八八年の『新撰讃美歌』出版は、植村正久、奥野昌綱、松山高吉など、聖書翻訳にも中心的な役割を果たした優れた人材が関わった、日本讃美歌史上、画期的な出来事でした。この『新撰讃美歌』は、日本の教会で長く用いられてきた『讃美歌』(一九五四年版)のルーツにもなっています。

戦後から現在に至る日本の讃美歌集の歴史には三つの大きな節目があります。第一は、日本基督教団が戦後の情勢変化に合わせて『讃美歌』を出版した一九五四年。第二は、日本福音連盟が中田羽後編の『聖歌』を出版した一九五八年。戦後の長い期間、日本の福音派諸教会は、この二つの讃美歌集を用いて讃美をささげ、信仰を養われてきました。

そして、第三の節目は『讃美歌21』が出版された一九九七年です。『讃美歌』『聖歌』から『讃美歌21』まで実に四十年近く、日本の教会において超教派の本格的な讃美歌集編纂は行われていませんでしたから、『讃美歌21』の出版は日本のキリスト教会に大きなインパクトを与えました。端的に言うと「半世紀近く変わらなかったものが変わった」という新鮮な驚きがあったのです。そして『讃美歌21』は、口語で讃美ができることの喜びとともに、特に福音派の諸教会には斬新すぎると思われる神学表現や語彙へのとまどいを与えました。

それから約十年の間に、国内の主要なものだけでも十を超える新しい讃美歌集(改訂も含む)が発行されたという事実は、『讃美歌21』のインパクトの大きさを物語っています。

そして『教会福音讃美歌』も、このような先人たちの営みを受け継ぎながら、新しい時代にふさわしい福音的信仰に立つ讃美歌集として編纂され、出版されました。福音派以外の諸教派、諸団体に協力を求めるときも、福音主義を標榜しつつ交渉にあたり、良き理解と協力を得ることができたことは大変幸いなことでした。

このような編纂と交渉の主体となったのは福音讃美歌協会です。福音讃美歌協会は、福音的信仰に立つ諸教会、諸団体が協力して讃美歌の諸課題に取り組む機関として二〇〇五年に設立され、現在も継続して活動を続けています。

設立時の正会員は日本同盟基督教団と日本福音キリスト教会連合、準会員はいのちのことば社でしたが、その後、二〇〇八年にイムマヌエル綜合伝道団が正会員に加わって今に至ります。さらに多くの教団・教派、教会と個人が、この働きをともに担ってくださることを祈り期待しています。

 

不確実な時代の讃美

コロナ禍とウクライナ危機は、私たちにこの世界がいとも簡単に変わってしまうものであるという現実を突きつけました。昨日まで当たり前であったことが、今日は遠い別世界のことのように思えるということがいくつもありました。
今、日本はそのような不確実性に耐えきれず、正義と光に背を向け、不法と闇に向かってゆっくり進んでいるかのようです。たとえば、憲法を変えようとする人々の中に「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を簡単に捨て去ろうとする勢力があります。もとより日本国憲法は完全なものではありませんが、戦後日本の安全と国民の生命がこの憲法によって守られてきたことも事実です。

 

拠り所が壊されたら
正しい者に何ができるだろうか。

この詩篇一一篇三節のみことばが現実味を帯びてくる時代の中で、私たちの宣教や讃美が、どのように主のみこころをあらわし、クリスチャンたちに道を示し、この国の歩みに光を照らすかが問われています。
目先の勢いに心奪われることなく、この世の流れに流されるのでもなく、聖書をしっかり読み、そのメッセージを正しく受け止め、告白し、伝える宣教と讃美が必要とされています。

信仰者にとって讃美をささげることは呼吸のように自然な営みです。讃美も呼吸も誰でもできる自然なものですが、究めようとすると一生を費やしても足りないほど奥の深いものです。だから、多くの人が讃美のことばと旋律を紡ぐようになることを願いつつ、その中から讃美のために召されて学びと研鑽を深め、みこころにかなう作品を残す作詞家、作曲家、演奏家が起こされることを心から願っています。

これまでも、あらゆる時代、あらゆる場所で讃美歌が生み出されてきましたが、讃美歌活動が最も盛んになったのは、危機の時代、変革の時代でした。信仰者は讃美をささげながら養われて成長し、「地の塩」「世の光」としてこの世に主のみこころと栄光をあらわしてきました。教会は讃美をささげながら建て上げられます。

現代日本で、自分たちの讃美歌と讃美歌集を生み出すことは、私たちにゆだねられた、私たちにしかできない大切な務めです。

最初の日本語讃美歌から百五十年、『教会福音讃美歌』刊行から十年の節目に、讃美歌の奉仕を志す人たちが起こされることを祈るとともに、あらためて皆様からの祈りとご支援をお願いいたします。

 一般社団法人 福音讃美歌協会
(JEACS)
「福音讃美歌協会」は、2005年に「キリスト教会における会衆讃美の振興に寄与すること」を目的に発足した、聖書的福音信仰に立つ諸教団・教派・団体の協力機関です。
発行している讃美歌集、書籍、関連商品の詳細は、以下のHPよりご覧いただけます。
     http://jeacs.org/