『歎異抄と福音』 第十九回 親鸞の「自然」と道教の「自然」

大和昌平

今回は日本語の「自然」から親鸞について考えてみたい。「自然」が天地万物や森羅万象を意味するようになるのは明治中期以降であり、英語natureの翻訳語として「自然」が用いられてからの話になる。それまで「自然」は、「自然な」や「自然に」など主に形容詞や副詞として使われてきた日本語だった。
岩波古語辞典によると「おのづから」【自然・自づから】は、己つ柄が原意で、カラは生まれつきの意だ。意味は、生まれつきの力、成り行きのままで、偶然に、ひょっとしてなどで、天地万物の意味はない。日本人は、天地万物が自ずから成り行くものと考えてきたので、natureに「自然」という訳語が充てられたのではないだろうか。
丸山眞男が「つぎつぎに・なりゆく・いきほひ」として日本人の歴史意識を分析したことはよく知られている(「歴史意識の『古層』」)。この世界はつぎつぎに成り行くものであり、誰かが責任をもって始めたり、決着をつけるものではない。既成事実が作られると、その勢いで時代の趨勢が決してしまう。成り行き任せの「無責任の体系」はそこから生まれると、丸山は論じている。
「はじめに神が天と地を創造された。」(創世記1・1)創造主が責任をもって造られたこの世界には、だから秩序があり、変わらぬ本質が内在する。natureには秩序や本質という意味もあるが、近現代日本語の「自然」にはない。言葉の深層にある世界観が異なっているからだ。

『歎異抄』第十六章に「自然」は登場する。十一章から十八章までは、親鸞の教えが歪められるのを歎く唯円が、異端説を正そうと書き綴ったものだ。第十六章では、信者同士で腹を立てて言い争ったりするなら、その度に回心し直すべしとの考えを批判している。念仏信者にとって回心は生涯一度きりの重大事で、何度も繰り返すものではないと諭している。その文脈に「自然」がみられる。
◇「すべてよろづのことつけて、往生には、かしこきおもひを具せずして、たゞほれぼれと弥陀の御恩の深重なること、つねにおもひいだしまいらすべし。しかれば念仏もまうされさふらふ。これ自然なり。わがはからはざるを、自然とまうすなり。これすなはち他力にてまします。」(第十六章)|すべてあらゆることにつけて、極楽浄土に行くには、あれこれと小難しいことを考えず、ただうっとりと阿弥陀仏のご恩の深さを思い出すべきです。そうすれば、自ずと念仏を申されることでしょう。それを自然というのです。みずから計らわないことを自然というのです。これがすなわち他力ということです。
ここで説かれている「自然」は「自然法爾」とも言う。「自然法爾事」という親鸞の一文があり、わが計らいを捨て阿弥陀仏に任せることが「自然」であり、それが他力であると述べられている。

ここで注目すべきは、親鸞が用いている「自然法爾」は中国古代の道教の用語だということだ。親鸞が拠り所とした経典は紀元三世紀半ばに漢訳された『仏説無量寿経』だ。仏教は中国に紀元一世紀には伝わるが、六朝時代(二二二~五八九)に中国の宗教として根を下ろしてゆく。親鸞が読んだ『仏説無量寿経』は、「道」や「自然」など道教の用語が用いられて翻訳されている。道教用語で仏教を理解しようと努めた時代だったのである。
中国古代の正統な思想は儒教で、規律・人倫を重んじる。これに対し、反正統として老荘思想は「無為自然」という囚われのない生き方を理想とした。そこに民衆宗教が加わり道教が形成された。「自然法爾」も「自ら爾る」という老荘思想を四字熟語にしたもので、「自然」の類語になる。ここで「自然」「自然法爾」は漢音の読みである。「自然」「自然法爾」と仏教用語だけは今も呉音読みをする。
親鸞はサンスクリット原典から仏教を学んだのでなく、道教を背景とした漢訳経典から学び、道教用語としての「自然法爾」や「自然」を用いて考えている。囚われのない生き方を表す道教の用語「自然」を、親鸞は計らいのない他力の信心を表すのに用いている。そこに親鸞への道教の影響が見られるのだと、福永光司(一九一八~二〇〇一)は中国哲学史の蘊蓄を傾けて論じている(『道教と古代日本』人文書院)。
親鸞が戒律を公然と破っていく肉食妻帯の問題も、飲食と性欲を人間の自然な姿と受け止める道教の影響と考えることができるのではないか、とも福永は指摘をしている。人間的な計らいのない阿弥陀仏への信心を求めた親鸞に、囚われない人間としての自然な姿を理想とする道教の影響があるのではないか。親鸞の「自然」と道教の「自然」との交錯からの、もう一つの親鸞理解として興味深い。