304 時代を見る眼 教会と子ども食堂 〔1〕最も小さい者たちの一人に

『現場報告 “子ども食堂”これまで、これから』共著者 与野 輝

私たちが「あいさん子ども食堂」を始めてから4年が経ちました。今回は、拙著『現場報告 “子ども食堂”これまで、これから』(いのちのことば社、2018年)では書かなかった、個人的信仰に関わる部分をお分かちさせていただきます。
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多くの子ども食堂を見学し、教会をお借りしての開店を決意したのは、“この活動は、信仰者が地域奉仕として行えば、本当に求められているものができる”と直感したからでした。
来てくれる方に対して、何も問わず、ありのままの姿を受け入れ、歓迎するには、神様にいただいた隣人愛が不可欠だと思いました。また、「かわいそうな人たち」を助けてあげるのではなく、自分が神様から受けた愛をもって、お客さんに奉仕させてもらう姿勢が必須だと示されました。
子ども食堂開店にあたって与えられたのは、「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです」(マタイ25章40節)でした。
4年間子ども食堂を続け、多くの失敗を犯し、最初の直感は必ずしも正しくなかったと、心折れかけた時期もありました。しかし今日、日本で、最も小さな方々がどのような重荷を負っているかを知らされ、ますます隣人愛実践の重要性を教えられ、徐々に召しを意識するように変えられていきました。
世代を超えて、行き過ぎた資本主義がもたらした物心両面の資産格差の弊害が、子どもたちと若い保護者さんたちの背に、これほどまで重くのしかかっているとは、投資ファンドに勤めていた私には全く考えも及ばず、そこにも失敗の原因があったと悔い改めの機会をいただきました。
お客さんたちの喫緊の支援要請に耳を傾けながら、神から受けた愛をもって応えた結果、食料宅配、無料塾、さらには家庭に恵まれない子たちへの毎日の居場所提供へと、活動は多角化されました。
当初は全く想像すらできなかったことでしたし、卑しい欠けた器の私が計画して、実現できるようなことではありませんでした。
70人にも及ぶボランティアさん、寄付寄贈者さん、協力団体さん、そしてお客さんに恵まれ、主は御心に沿うものならば、必要な時に必要な物を与えてくださるとの体験の連続でした。
御手にゆだねて、いったいどこまで連れて行ってくださるのだろう、という期待感が強まる毎日を送っています。