書評books 「父の庭」にはすべてがある 静かに語りかける四季の風景

声なきことばの風景 岩手・沢内・Katasumi Life 表紙

『声なきことばの風景 岩手・沢内・Katasumi Life』
My Father’s Garden(佐藤靖)[写真・文]
B6判・64頁
定価1,760円(税込)
フォレストブックス

ちぎり絵作家 森住ゆき

 岩手県の内陸中部にB&Bスタイルの小さな宿 Katsumiがあります。ホームページを開くとトップ画面に「何もないがある」という意志的な一語があり、近隣の田畑や里山、奥羽山脈へと続く豊かな森や清流、小さな動植物などの写真が配されています。その写真群の撮影者が宿のオーナー、佐藤靖氏です。
 私は宿の開業以来、四季折々に発信されるその写真群が好きで好きで、私の父がコロナ禍の真っただ中で逝去した際には、当時は一面識もなかった佐藤氏に「追悼手記にお写真を使わせていただけませんか」と頼み込んだほどです。
 佐藤氏が大自然の中でシャッターを押す瞬間の大空や雲の色、力強い樹々のかたち、夢のように美しい雪原の風紋、すべてに物語を読むような深さがあるのです。いつか写真集になって、もっと多くの人に見てほしいと願っていました。
 数年前、全米でベストセラーになり、日本では早川書房から『何もしない』という本(原題・How to Do Nothing: Resisting the Attention Economy)が出ました。その中で著者のジェニー・オデルは「現代人が何もしないでいることはとても難しい。人は生産性で測られ、私たちの人生の時間は一分一秒まで換金可能な資源として捕獲されている。だから私たちは日々の喧騒から離れ、自然や文化をじっと観察することで、物事の表層の裏に潜む深い文脈を理解し、深く思考し、内省し、ソーシャルメディア等で細切れにされた注意力を回復することが必要」と語ります。
 佐藤氏は、長年にわたりシオン錦秋湖バイブルキャンプ場のディレクターを務めてこられ、その働きを通して、私たち現代人が抱える深刻な問題に十分気づいておられることでしょう。氏は常々「全世界は天の父の庭。その庭には作り手の思いが込められている」とおっしゃいます。この写真集からは「何もない。けれどすべてがここにある!」という歓喜が聞こえてきます。
 添えられた聖句と共に、佐藤氏の案内する「父の庭」の豊かさを深く味わってみてください。