祈り祈られマリエリ交換日記 第9回
人生の秋の始まりに思うこと
神山美由記 嘉手納アッセンブリー教会 副牧師
裕香さんへ
裕香さんに灯された祈りの炎は、お父様譲りだったんですね。裕香さんがいつも誰かのために祈っておられる理由が、お父様のエピソードを通して納得しました。
私たち夫婦の両親も共に七十代で、最近は病を抱えるようになりました。そのような中での両親との関わり方を裕香さんの記事を通して教えられたように思います。
私自身も、四十代前後で身体の調子が変化したのを実感しています。健康診断でも気になる数値がチラホラ。女性ホルモンのサイクルも明らかに以前とは違うので、先日、定期受診した際に主治医に相談したところです。「先生、これはもうプレ更年期ってことですよね?」と私が聞くと、主治医が一言「そのとおり!」と。この主治医の先生、私より少し歳上なのですが、恐らく同じ四十代の男性医師。いつも適度な距離感で、アッサリ励ましてくださるんです。
一通り男女の更年期の違いの話で盛り上がったあと、結論としてその先生が「いろんな体調の変化はあるけれども、この変化を楽しめるくらいの心の余白を作ったらいいよ。それに女性は誰かと話すという武器があるでしょ?男性はあんまりそういうのないからさ」と仰ったのが印象的でした。「ほう、“変化の受容としての心の余白”か」と。そういう意味では、いつもの女子会で裕香さんをはじめ、牧師の妻である皆さんとの語らいでいつも心のデトックスをさせていただいてますよね(笑)。
休日の過ごし方も、子育てを始めて良い意味で変わってきました。前までは、休日さえも原稿を書いたり、スキマ時間で寝る前にも事務仕事をしたりしてましたが、「お休みの日こそ、徹底的に子どもと向き合って過ごそう。今日は一日丸ごと休むぞ!」と意気込んで、心身ともに家族でリラックスして休むようになりました。良い休みを取れた日ほど、また明日から頑張ろうという力を得ますよね。
そういえば、ちょうど三十五歳前後も、体調の変化を感じた時でした。あの時は不眠に悩まされた時期です。当時仕えていた教会には、更年期真っ最中の女性たちが何名かいて、ある方は重度の鬱状態に陥りました。他の方も「買い物に行っても何も買えずに、スーパーを何周もしてしまうんです」とか、「ホットフラッシュがすごくて汗が滲む洋服は着られなくなっちゃった」「無性にイライラして、感情のコントロールがきかない。かと思えば、今度は悲しみがやって来て、誰とも会いたくなくなる」などなど、人によって症状も様々で、更年期という未知の領域に今からどう備えるか、ということを七、八年前からよく考えていたものです。
でも、どういう症状が出るかわからない未知のことを今から恐れるよりも、主治医が提案してくれたような「心の余白」というものを当時から意識していたように思えます。四十代から五十代はある意味、人生においては実りを迎える秋の時期。でも、自分自身にまつわる「実り」だけではなく、他者の実りを喜ぶ自分でありたいと心から願うのです。
私たち夫婦が仕える教会では、次世代育成に特に力を注いでいます。教会では数年前から大学生伝道を行っていますが、最初は夕ご飯を作って食べさせ、私たち夫婦が聖書の学びをしていた教会の大学生たちが、やがて自分たちで友人たちを学校の食堂に集めるようになり、自主的に信仰書などのテキストを用いて学びを行うまでに成長しました。また、嬉しいことに教会の社会人のメンバーは、ノンクリスチャンの交際相手を積極的に教会の礼拝に導いてきます。お付き合いがスタートしたらまず連れて来るのです。そして、みんなに紹介して祈ってもらいながら交際を進めています。やがて相手がイエス様を信じて洗礼を受ける時には、周囲のみんなも泣いて祝福しているのです。麗しい光景です。
そうした教会の兄姉の「実り」は、私たち夫婦の心からの喜びとなりました。これから自分の身体が少しずつ変化しても、こうした神様の「恵みの実り」に目を向けていたいなと思わされています。
裕香さんは更年期の症状、何かありましたか? そして、それをどう乗り越えたのか、聞かせてくださいますか。