時代を見る眼 383 次世代に平和を伝えるために〔2〕

ふたつの国を生きる者として

日本同盟基督教団 塩尻聖書教会 担任牧師 金やすみ

「僕は日本人でもあり、韓国人でもあるんだよ!」
二重国籍の息子が嬉しそうに語ったのは、韓国からの宣教チームを見送った後のことでした。それは、親である私たちが幾度となく伝えてきたことでしたが、息子の口から自然と出てきたのは初めてのことで、嬉しい驚きでした。
「私たちの国籍は天にあります。」(ピリピ人への手紙3章20節)
韓国人の夫と結婚してから、そして子どもが生まれてから、このみことばを吟味する機会が増えました。信仰の目で見れば、キリストにあって一つとされ、国籍は天にある日韓夫婦ですが、正直に言うと、素直に喜び全開で「ハレルヤ!」と言えない自分がいます。この地上に生きている以上、日本と韓国という国籍、そしてその背景にある負の歴史を背負っているからです。
いま日本では、映像コンテンツだけでなく衣食住全般で「韓流ブーム」があり、特に若い世代では「韓国」というだけで肯定的な反応が起こる時代になりました。ですが、だからといって日本による朝鮮への侵略と支配の歴史、在日の方々への差別の歴史が消えるわけではありません。今もなお、韓国を含めたアジア蔑視のヘイトスピーチは後を絶たず、SNS上でも差別発言を見ない日はないほどです。
そんな日本社会にあって、キリスト者として国籍とどう向き合うべきか考えてきました。そのヒントとなったのが、韓国の宣教チームと一緒に過ごした「ゆるしの夜」でした。日本人と韓国人、互いが抱えている率直な思いを分かち合い、受け止め合う時間。互いの足を洗い合い、祈り合う時間。それは、日本人の私たち以上に、宣教チームにとって重く苦しい時間であったはずでした。
それでも、この時間が形式的なものではなく、真実な交わりとなったのは、キリストにあって地上の国籍を乗り越えた人、乗り越えたいと願っている人が集っていたからでした。そうして国籍からくる葛藤を抱えながらも、「私たちの国籍は天にあります」と告白する人たちによって実現したキリストの平和は、確実に周りを巻き込み、教会を超えて社会を変えていく力があることを実感しました。
今後、息子は成長するにつれ、自らのアイデンティティーについて悩むことがあるかもしれません。そんな時、国籍を乗り越えた教会の交わりの豊かさを経験しながら、自分も他者も受け止めることのできる人として育つことを願っています。