特集 歩き始めた未来の弟子に寄り添う
金城学院高等学校宗教主事 沖崎 学
イエスさまは、エマオ途上の二人の弟子に、「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていること」(ルカ24・27、新共同訳)を語られた。弟子二人と歩きながら、一時間ほども、イエスさまは話しただろうか。弟子は、その時のことを、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と振り返る(ルカ24・32、同)。
『エッセンシャル聖書ガイド』の読者は、このエマオ途上の弟子の想いを知ることができるだろう。まさに本書は、旧約聖書の「創世記」から始まり、新約聖書の「黙示録」までの、聖書各巻の「目的」を紐解くように構成されている。それも、各巻の個別な「目的」はもちろんのこと、聖書全体から見えてくる各巻の「目的」や、前巻から受け取り、後巻へ委ねる「目的」も丁寧に語られている。
しかも、各巻が見開き二ページにギュッと詰まっている。なので、サクサク読むことができ、全六十六巻はあっという間だ。カラーの図や画像、トピックは、各巻の「目的」への補足の知識として結びついているため、断片的であった聖書知識はしっかり整理される。仮に、聖書の予備知識がなくても、各巻の「目的」(「この書の目的」の項)だけを読み進めるだけで、聖書全体を概観できるようになっている。
キリスト教学校の聖書の授業は、各校によって特色がある。が、とりわけ金城学院中学校・高等学校では、聖書の各巻を読み進めてゆくスタイルであるため、本書の各巻の「目的」は大いに活用できる。中一は、教会暦と関連付けて聖書を抜粋して読むが、中二から、「創世記」を始めとして、旧約の各巻の要点を順に学んでゆき、中三では、新約の「マタイ福音書」を読み進める。
高一も、引き続き新約で、「ルカ福音書」から「使徒言行録」へと続けて学び、高二で再び旧約を「創世記」から読み深め、最終学年の高三では、メインディッシュ級な聖書箇所を改めてチョイスし、確実に福音を生徒一人ひとりに手渡して、卒業となる。本校でなら、本書を長期休暇の課題図書として事前学習のために用いたり、新しい巻に入る前に一読するのも良いだろう。
さらに、本書の各巻の「目的」の内容は、「学術的で、解説的なもの」というより、「メッセージやストーリーに重きを置いている」ように思う。それは、キリスト教学校に入学し、初めて聖書に触れる生徒や、教会学校の中高科での学びに適しているということに加え、「実際に、聖書を読みたい!」という気持ちを膨らませてくれる。
例えば、旧約の「出エジプト記」の目的は、神が「神の民の中にご自身が住むことを妨げていた障害を克服する」こととある。それは、イスラエルの民に、神の方から関わりを持とうとされる、「神の愛」に他ならない。つまり、律法で取り決めた幕屋作りの細かな指示も、神がイスラエルと共に住もうという「愛の決断」であったと読者は知る。
また、新約の「ヨハネ福音書」の目的の書き出しもユニークで、「草の葉や花びらをじっくり観察したことがあるだろうか」と問いかけ、「その構造は、きわめて単純でありながら、きわめて奥深い。ヨハネの福音書はまさにそのような逆説である」と続く。読者は、置いてけぼりにされることなく、むしろ、内容にぐんぐん引き込まれてゆく。
こうして、本書を読み終えたあと、いずれの読者も、エマオ途上の弟子のように、「わたしたちの心は燃えていた」という想い、その内容を振り返るはずだ。聖書は、「奇想天外なファンタジー」でも、「難解な歴史書」でも、「古い教訓」でもなく、私たちの心を揺さぶるメッセージを持っており、各巻が、それぞれの「目的」を果たすことで、聖書全体としての「目的」も果たされる。
本書の中にある、各巻のトピックである「重要な用語」や、「おもな登場人物」「重要な引用文」などは、実際に、読者が自分で聖書を読むときの大きな手助けとなる。本書と聖書を行き来しながら読み進めるなら、さらに、各巻で語られている「神の愛の息づかい」を身近に受け取ることができ、読者は、エマオ途上の二人の弟子と一緒に歩む、三人目の弟子となるだろう。