ミニ特集『信仰にもとづく抵抗権』を読んで

『信仰にもとづく抵抗権』
渡辺信夫 著
A5判 110頁
定価1,300円+税

日本基督教団 学生キリスト教友愛会―SCF― 主事 牧師
野田 沢

「年齢からいって、最後の著作になると見られるであろうし、自分でもそのように思うが……自らの証しを立てたものにすぎない。」
本書は、著者の懺悔から始まる。主キリストに出会わされておきながら、その信仰的無自覚さゆえに、また暴力的な社会の風潮の中で鈍ってゆく自らの感覚、そして迎合。……今、この日本に立たされている私たちキリスト者一人一人が、この瞬間に出合っておきたい書物である。

筆者は宗教改革者カルヴァン研究で著名な神学者である渡辺信夫師。その晩年の、最後にもなろうかという覚悟の下に書かれた本書が、このように熱量を持った半自叙伝となっていることが驚きである。いや、だからこそなのであろう。その信仰告白的熱量に圧倒される。
その信仰の背骨となっているのが「悔い改め」である。その悔い改めへと繋がる大いなる罪意識。そう、若き日の戦場で兵を束ねる士官として戦った師は、自らの命令の下で戦わせたその中で、「悪魔」と出会ったのである。そして若き師は、その悪魔と向き合い戦うことをせず「逃亡した」のである。権力・軍隊組織、そして戦争の持つ「悪魔性」に対して、個人としてもキリスト者としても抗うことができなかったこと、迎合してしまったことを自らの罪としてとらえ、生きて帰ったことを与えられた命としてとらえ、牧師として立てられてゆく。

本書を読んでいただければおわかりになるが、世にある権力は神から与えられたものであり、キリスト者もそれに従うべきである。しかし神より委託されたその権力を「御心を外れ、また超えて」誤用した場合には、我々キリスト者は権力ではなく「神に従い」、信仰者としてその権力に抵抗する権利と義務を持つのだ。
今私たちが生きるこの日本社会が「その時」なのか、「そこに向かっている」のかもわからない。しかし、戦争時代の、あの社会の空気感と臭いを自らの罪として知っている師だからこそ、「楽観的な」私たちキリスト者と教会に対し警鐘を鳴らす。

信仰者は社会と政治に、また権力に対して寛容であり、従順であることを求められている、と信じることでそれに向き合うことから逃げている我々に、多くを知り、体験してきた師の、懺悔と信仰告白の言葉は、この時代を生きるすべての信仰者の立ち返りを促し、主の十字架の痛みと恵みとを再確認させることだろう。本書は、政治書ではない。荒れ狂った時代を静かに生き抜き、そこで大いなる「とげ」を与えられた師によって書かれた、豊かな神学に裏打ちされた信仰書である。
多岐にわたる人物や事柄への専門的・時代的用語にはそのページごとに丁寧な脚注があり、読む世代を選ばない。それどころか脚注すらも純粋な学びにつながるほどの細やかさである。また、三・一一や東京電力福島第一原発事故などの現代の事柄と太平洋戦争の出来事、そして五〇〇年前の宗教改革期とがカーチェイスのように入り組み、社会と神学とが絡み合う本書は若々しく、退屈なものではない。だからこそ多くの世代の方々に読んでいただきたい。青年会や高校生の教材としても、学びの多いものになるだろう。

……七十一年目の八月を迎えている。主にある平和を想いつつ、今この時も「目を覚まして」いたいと願う。我々キリスト者の遣わされている今の日本社会は平穏である、ように映る。しかし凪に映るその水面の底には、大いなる悪魔性が渦巻いていることを師は、その体験と信仰の眼差しから感じ取っているのであろう。多くの方々にお読みいただきたい一冊である。
「私にとって、神を信じることは私が私であることの根底である。だから、抵抗権は、神を信じる私にとって、神から授けられた恵みの賜物、あるいは神から託せられたタラントである。」