特集 恵みを受け取り、流し出す
シンガーソングライター 福原タカヨシ
2005年 「Changin’」でCDデビュー。NHK-FM”THE SOUL MUSIC”、”ORITO SOUL REVIEW”他、出演。事故による重傷から奇跡の快復を遂げ、’19年、小坂忠氏監修のもと、ミクタムレコードよりアルバム「この喜びを」をリリース(プロデューサー:高叡華氏)。今年、デビュー20周年、さらなる飛躍が期待される。
感謝とは何だろう
感謝することは、時に難しい。人生の局面で深く落ち込むこともあるし、日常の小さな出来事に不平不満を抱くこともある。しかし、聖書には「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝しなさい」(Ⅰテサロニケ五・一六~一八参照)と書かれてある。日常の些細な出来事からはじまり、すべてに感謝をするというのは僕にはけっこう難しい。
そもそも、感謝とは何かと考える。ゴスペルではしばしば歌詞の中で「Thank You, Jesus」「Thank You, Lord」と神に感謝を捧げ、ありがとうと歌う。それは、与えられている恵みと、たとえ闇に覆われていても、神の最善のなかにいるのだという信仰を土台とした確信からくる感謝である。
どんな時にも「Thank You=ありがとう」が心にあるならば、それは神を賛美することにも繋がっている。逆説的に言うなれば、感謝のないところに賛美はなく、賛美のないところに感謝は生まれない。
コロナ禍での模索
二〇二〇年、コロナという得体の知れぬ病が災禍流行し、世界中で多くの人々が生活の変容を余儀なくされた。私たち音楽家もそれまでの手段を失い、何ができるのかを日々模索しながら走り続けた。
一時は収入も途絶え、皆様の尊い支援に支えられて、ようやく生活をつなぐことができた。当たり前にできていたことが突然奪われる―その体験は、かつて事故で大怪我を負った時にも味わった感覚と重なる。
そして、長く先が見えない状況が続くなか、不思議と心の奥には「きっと大丈夫」という平安が絶えず私を包んでいた。それは、神が破壊ではなく創造の神であり、将来に希望を与えるお方であると知っていたからだと思う。
間もなく私は、映像制作のノウハウを学び、国の特別給付金などを活用して動画収録やライブ配信という形で音楽活動を行っていった。コロナ禍でレッスンが止まってしまったゴスペルメンバーへのオンラインレッスンからはじまり、礼拝で流すための賛美の動画、オンラインコンサートなど、新しい形での働きが与えられ、それらを約二年間継続した。
礼拝は受けるものではなく捧げるもの
教会もまた、それまでのように声を出して賛美ができないという異常事態の中にあった。そんな日本の教会の一助になればと生まれたのが、「Mワーシップ・プロジェクト」だった。
ミクタム・ミニストリーズと数名の発起人により、動画による賛美のミニストリーがスタート。必要とされる全国の教会に、賛美の動画を届け続けた。その中心で、最期まで情熱を注いでこのプロジェクトを牽引してくださった小坂忠先生から、私たち奉仕者は本当に多くのことを学び、受け取った。
ある収録の日、忠先生は杖をついて会場に入ってこられた。ガンに侵された足の骨を切除してまだ数日だというのにもかかわらず、Mワーシップの収録を決行したのだった。
足の痛みがどれほどつらく、体力的にも厳しかったことか。長時間にもわたる収録は本当に堪えるものがある。その極限の状況において、杖を置き、ギターを抱えて全身全霊で賛美を捧げられた。時が良くても悪くても、どんな時も主を礼拝し、賛美の歌声を捧げる。
「礼拝は、受けるものではなく捧げるもの」だということを、私は忠先生のその姿から教わった。まさにそれは、十字架上で私たちのために命を捧げてくださったイエスの愛にきみは応えているか? という力強いメッセージだった。コロナによって世界の常識は大きく覆され、私たちは混乱とともに痛みを負ったが、もたらしたものは喪失だけではなく、本質と出会う時でもあったのではないだろうか。少なくとも私にとってはそうだった。
Mワーシップ・プロジェクトは、今あらたな世代がバトンを担い、Mワーシップ・ネクストとして新しい賛美を生み出している。スピリットを受け継いだ一流のミュージシャンとテクニカルメンバーの総勢三十名にも及ぶ強力なチームの一員として、この灯火を消すことなく燃やし続けていきたい。
「表現する」ということ
忠さん(以後、忠さんと書かせていただきます)と直接お会いしたのは、自分が高校三年生の時。年に一度、学内行事として行われていたコンサート礼拝に小坂忠さんと岩渕まことさんがデュオで来てくださったのが最初だった。終演後、聖書の裏表紙にお二人からサインをいただいた時のことを今でもはっきりと覚えている。
その後、自分が現在の働きをするようになり、その偉大さにますます圧倒された。普段はとてもお茶目で、手品やジョークで周りの人をいつも笑顔にしていた忠さんだったが、私にとってはその威厳ゆえに、どこまでも近くて遠い存在だった。
ある時「表現とは、自分の内側にあるものを表に現すことだ」と語られた。聖書には「わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます」(ヨハネ四・一四)と書かれている。自分の内側にその泉があるか? その恵みを自分は流し出せているだろうか? という問いかけを忘れてはならない。
「忘れものはないか?」
二〇二五年、今年はデビュー二十周年。新たなスタートラインに立ち、日本語ロックの殿堂・忠さんの名曲「機関車」が胸に迫る。これからの十年を、やり残したことはないと言える歩みにしたい。
独りよがりな作品づくりに価値を置くのではなく、この終焉の時代にこそ、私たちが影響力ある表現者として存在することが必要だと思う。自分の役割を全うするために、表現者として一流であることに貪欲でありたい。
また、今年はコンサート先で交通事故に遭ってから十年の節目でもある。一時は命の危機にさらされ、両足切断の可能性もあったが、数えきれない奇跡と神の臨在の中で、特別な時を与えられた。壮絶な痛みとの闘いの中で、私は何を想い、何を受け取ったのか――。一人の人として、そしてアーティストとしての心情を、雪解けの季節に一冊の手記としてまとめたいと考えている。
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