特集 先達から信仰を受け継いで

過去、日本ではキリスト教信仰を持った多くの人たちの世界観が、人生が変えられてきた。そしてそれは個人の内にとどまることなく、社会をも変える影響を与え続けてきた。今特集では、日本に影響を与えてきた信仰の先達たちから受け継いだ遺産を見つめ、現代を生きる私たちの歩みについて振り返ってみたい。

歴史人物を書く喜び
編集ライター 熊田和子

日系人宣教 物部氏のスピリットを
初めて長編の歴史人物伝を書き、それが出版されたのはちょうど二十年前の二〇〇四年でした。大正から昭和の初めに活動した牧師・宣教師物部赳夫の伝記『わたしが共に行く―ブラジル日系宣教に命をかけた物部赳夫ストーリー』(一粒社刊)。
それまでの雑誌や単行本の一部に執筆していたのと違い、丸ごと一冊人物伝です。行き詰まっていた私は、数多くの著書がある千代崎秀雄先生(元日本ホーリネス教団牧師・教師)に相談に行きました。先生は、「物部のスピリットがあなたに伝わり、それが読者に燃え移るように、しっかりやりなさい!」と励ましてくださいました。先生はその数か月後に天に召され、本を見ていただくことはできなかったのですが……。
物部赳夫は癌に侵されたため、たった五年間だけのブラジル宣教でした。しかし最期まで、壮絶な苦しみの中にある初期日本人移民の魂を追い求めて荒野を巡り、福音を伝え続けたのです。その宣教スピリットは現代の日系人教会にも受け継がれています。そして私は、物部のどんな時にも神に信頼する姿勢とパワーに引っ張られて終章まで書き進めることができました。
以後、機会を与えられて戦国時代から幕末・明治以降のクリスチャン歴史人物について書いたり編集に携わったりする時、いつも千代崎先生の言葉が脳裏にあります。

遠い昔の偉人も身近に
書く作業に入る前に伝えたい人物の内側にまず入り、その人の歩みやスピリットに耳を傾ける。もちろん、歴史上の人物ですから直接インタビューに行くわけにはいきません。著作や遺品、史料、墓碑などから見えてくる事柄からどこに焦点を当てるか……。すると、その人物が読者に何を伝えたいかが見えてくる気がするのです。私はそれを忠実に文字にし、言葉にして伝える役割を果たせばいいわけです。
大切なのは信仰スピリットをどう伝えるかなので、その人物の信仰の在り方をこちらも受け止められる信仰を養われていなければなりません。自分のフィルターを通して、対象者の信仰や人生を書く重さも毎回感じています。
とはいえ、「偉人は一日にして成らず」。たくさんの試練や挫折、紆余曲折を通して歴史に名を残すまでになったので、その中で神さまとどう向き合っていたのか、信仰姿勢を学ぶ喜びと特権があります。そして、なぁんだ現代の自分や周りにいる人たちと変わらないじゃないか、と思うと遠い昔の偉人も身近に感じられるのです。

先入観を横に置いて
「歴史人物のスピリットが読者に燃え移るように」という、これまでと共通の目的をベースに、今回、津田梅子人物伝の執筆を担当し、『梅子と旅する。日本の女子教育のパイオニア』(いのちのことば社)が出版されました。
これは今年、新札が発行される(梅子の肖像画は新五千円札に使用)にあたって、「津田梅子って何をした人? どんな人生?」と思われる方に梅子を知ってもらう入り口に立つ本です。担当編集者いわく、「津田梅子・幕の内弁当」だそうで、ビジュアルにも工夫を凝らした入門書。
本のあとがきにも書きましたが、これまでは梅子があまりにも隙のないエリートで、自分とはかけ離れた存在に思え、親しみを感じていませんでした。信仰面でもそれほど熱いものが伝わってこなくて、前に数回梅子の記事を書いたのですが、無理してそれに触れた感もあります。
しかし、今回も丸ごと一冊梅子ということで、今までの先入観を横に置き、改めて膨大な資料を読み直してみました。たくさんのデジタル・アーカイブものぞいてみました。
そうするうち、武家のお嬢様で、六歳から十一年間のアメリカ留学、あの有名な津田塾大学(女子英学塾)を創立した「女子高等教育のパイオニア」であることにばかり目が行っていて、梅子のほんの一面しか知らなかったことに気づかされたのです。

梅子の生涯を通して
嬉しかったのは、これまであまり一般には伝わっていなかったと思える信仰面や、若い時代の葛藤などが、梅子が書いた直筆の手紙やいくつかの資料から見えてきたことです。また、一徹で頑固な面もありながら、実は心優しく可愛く、熱い女子だった姿に親近感を覚えました。
女性には高等教育は必要ないという封建的な明治時代。日本の女性たちに質の高い教育の機会を提供することを使命とした梅子に貫かれていたのは、自らが「一粒の麦となること」でした。そこに至るまでの思いをたどることもできました。
神さまに選ばれた小さな女の子を祈り育てたアメリカのホストファミリーであるランマン家、梅子を生涯支え続けた親友の大山捨松や瓜生繁子、二人のアメリカ人女性たち。それらの信仰者たちとの麗しい関係を通しても、神はご自身の目的のために選ばれた人を、最後まで責任をもって導いてくださるということを、梅子の生涯を通して改めて教えられました。