特集 日本伝道会議を知っていますか 「日本伝道会議」半世紀の流れと時代背景

クリスチャン新聞顧問/日本ローザンヌ委員会委員 根田祥一

 

日本伝道会議は日本福音同盟(JEA)を主軸に、一九七四年から開始された。日本の福音派の教会と伝道団体の牧師・信徒らが日本宣教の課題を学び合い、考え、討議してきた。伝道会議はなぜ開かれたのか。半世紀近い流れを振り返ると、各会議が開催された時代の空気や、当時のキリスト教界の問題意識が見えてくる。
戦時下の国策に沿い日本基督教団へ合同した教団・教派は戦後、リベラルな神学の影響を嫌う福音派の多くが離脱した。同時期、欧米から多くの教会・教派や宣教団体が日本に宣教師を送り、新しい教会を開拓した。その多くは保守的な福音派だった。
多彩な背景の教会がそれぞれの伝道を展開する中で、福音派は聖書を「誤りなき神のことば」と信じる聖書信仰に一致点を見出し、その主張を共同で発信し始めた。それはキリスト教界内においては自由主義神学に対して聖書の十全性を宣証し、社会においては靖国法案など戦前回帰の動きに対する抵抗でもあった。そのような状況の中で一九六八年、JEAが創設された。
その六年後、「日本をキリストへ」を掲げてJEAが主催した第一回日本伝道会議は、聖書信仰に立つ諸教会が出会い、日本宣教の課題を共有する機会となった。同年スイスのローザンヌで世界の福音派を糾合してローザンヌ世界宣教会議が開かれ、JEAからも指導者らが参加した。第一回日本伝道会議の主講師にローザンヌ運動の神学的支柱ジョン・ストットを招くなど、包括的な福音理解を広めた世界的潮流と当初から密接な関係にあった。
日本伝道会議は、一九八〇年代の終末的世相や、「世界宣教」を海外宣教ではなく地域・日本宣教の一環と見る一九九〇年代の宣教理解、キリストの福音を「和解の福音」と捉え社会や世界の諸問題へ展望を広げる福音理解など、時代を反映したテーマを設定し、回を重ねていった(四、五頁を参照)。
そうした成熟の表れとして二〇〇九年、第五回日本伝道会議でプロジェクトチームが導入された。講演や分科会が良い学びにはなったが、継続的に教会協力への具体的取り組みが必要だとの意識に基づき、会議の前後にわたり議論を重ねていくワーキンググループを立ち上げたものだ。二〇一六年の第六回ではさらに、次期伝道会議へつなぐ「リ・ビジョン」の構築を掲げた。
第七回日本伝道会議は、こうした流れの延長上に開催される。今回は特に、主要プログラムの講師を地元東海地方の次世代牧師らが務めることが注目される。