345 時代を見る眼 小さな命と共に生きる〔3〕お家へ帰ろうね

NPO法人みぎわ 理事
松原宏樹

ひとりの女の赤ちゃんは、ある大学病院のNICU(新生児集中治療室)の一番奥に、物のように置かれていました。この子は、染色体の7番目と18番目に異常があり、そのことのゆえに経口摂取ができず、難病のWEST症候群と水頭症も併発していました。重度の心身障がい児です。
ご両親は、障がいと病気の両方持ち合わせたわが子に対して愛情を感じることができず、しかし、親として何とかしなくてはならないという思いの板挟みの中で、毎日悩んでおられました。
ある時をきっかけに、ご両親は精神的に赤ちゃんと面会することもできなくなってしまい、この子は病室の一番奥に物のように置かれていたのです。
使徒の働き3章2節には、ペテロとヨハネが神殿に祈りのために上ったとき、生まれながら足の不自由な男が運ばれてきて、神殿の門のそばに「置かれて」いたとあります。
人格を持つ人間が、その体に病気や障がいを持つときに、人格を持つ者として扱われない現実があります。人間にとって一番つらいことは、人格を認められないことです。
私がはじめてこの子の元へ行ったとき、1歳を過ぎていましたが、新生児用の服を着せられており、体に対して服がまったく合っていない状態でした。
私は看護師さんに聞きました。「どうして新生児用の服を着ているのですか?」
「それは、この子の両親と連絡が取れにくく、面会にも来ないので、成長に合った服がないのです。」
それを聞いて次回の面会の時に、この子のサイズにぴったりの服を持って行きました。そして、この子を抱き上げて言いました。
「お家へ帰ろうね。」
重度の心身障がいがあり、難病も併発している赤ちゃんをもらってくれる家庭はありません。私もこの子を育てるのに、知識も経験もないので、養育できる保証も自信もありませんでした。
しかし、自分のために何かしようとした人がいる、自分を愛そう育てようとした人がいることを、この子の人生に刻んであげたかったのです。
私は失敗しても、周りの人から悪く言われても、わずかでもこの子の人生に温もりを刻みたいという思いで、わが子にしました。
「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた」(エレミヤ書31章3節)と言われる神の愛は、決して言葉だけではないのです。