特集 「福音」を土台とするために ~ティモシー・ケラー著作の魅力~ それぞれの文化で「福音」を聞くために

『センターチャーチ』「日本語版に寄せて」より抜粋
リディーマー教会元牧師  ティモシー・ケラー

 

好評発売中


『センターチャーチ』
ティモシー・ケラー 著
廣橋麻子 訳/篠原基章 監訳
A5判・上製 定価5,940円(税込)
伝統的な神学を犠牲にすることなく文化に適合し、地域に根づいた働きを進め、この街で輝く教会を目指して―福音の本質を掘り下げ、都市の特性と教会の関わりを検証し、ムーブメント展開の可能性を探る重厚な学びの書。ケラー師の牧会と研究の集大成。

まず本書『センターチャーチ』が目指していないことを述べよう。この本は教会開拓や宣教の働きの具体的なモデルを提示するものではない。本著が目指していることは、多くの教会がこの時代にそれぞれの文化の中で、どうしたら効果的に人々に届くことができるか、という宣教のための神学的ビジョンを示すことである。すなわち、この神学的ビジョンを通して、世界中の大都市でクリスチャンリーダーが考え、都市への理解をさらに深め、それぞれの文化に関わり、福音のメッセージと宣教の働きを文脈化することを励ますことを目指している。日本語訳の『センターチャーチ』が、日本のクリスチャンリーダーにとっても助けとなることが、私の心からの願いである。

二〇一二年、『センターチャーチ』の初版が出た当時、各都市は世界的な不況を脱し、経済成長と人口増化の時代を迎えていた。私がこのまえがきを執筆している現在、世界はパンデミックの只中にある。どの社会も、猛威を振るう予測不可能な新型コロナウィルス(Covid-19)の問題に直面している。その死亡率は近代史の中でも類を見ない規模である。世界の国々がいまだかつてない健康上の恐れと経済的な危機に直面しており、その結果、大きな苦しみがもたらされている。西洋の世俗主義を除いて、どの文化も苦しみや喪失に対処するための資源(リソース)を提供している。クリスチャンリーダーが都市をさらに理解し、その文化に関わり、福音のメッセージを文脈化するためには、今直面している苦しみの問題に取り込まなければならない。そのために世界に最も浸透している三つの対処法(仏教、世俗主義、キリスト教)を調べるのが有益だと思う。(中略)

古代の文化と宗教には、ある一つの共通点が見られる。苦しみと向き合う対処法は、すべてをあるがまま受け入れることであって、変えようとすることではないということである。苦しみや不正に立ち向かうのでも、自然の流れにあらがうのでもなく、あるがままのすべてを受容するという考え方である。

一方で、現代の世俗社会は神など存在しないという。仮に存在するとしても、神は世界に介入しない。超自然的な介入も奇跡もない。この世界の現象は、すべて科学的に説明できると考えるのである。世俗主義は、現実の世界を「いま、ここ」にある物質的な世界、目に見える物理的な世界だという。では、このような世俗主義は、私たちが苦しみに対処するためにどんな助けとなるのだろう。

著名な人類学者リチャード・シュウェーダーは、現代の世俗文化は苦しみに向き合う備えを人々にさせるという意味では史上最悪の文化だと記している。彼によると、世俗文化の問題は、苦しみの対処法を持ち合わせていないことにある。世俗的な現代人は、ヒンズー教徒よりも、仏教徒よりも、そしてほかの誰よりも、この点が脆弱なのである。(中略)

ポール・ブランド博士は、インドでハンセン病患者の治療に取り組んだ整形外科のパイオニアとして広く知られている。彼は英国生まれだが、医師としてのキャリアの前半をインドで、後半は米国で過ごした。彼はこう書いている。「アメリカ社会はどんなことをしても痛みから逃れようとする。アメリカの患者たちは、私がこれまで治療したどの患者よりも快適な生活を送っていたが、苦しみに対処するすべを知らず、苦痛によって大きなトラウマを負っているように見えた」。現代の世俗主義は、なぜそれほどまで苦しみに対処することができないのだろうか。

文芸評論家テリー・イーグルトンは、オックスフォード大学出版からThe Meaningof Life(『人生の意味とは何か』、彩流社、二〇一三年)という小本を出した。非常に優れた学術書で短い本だが、そこで彼は、現代の世俗的な人々は自分が望む人生の意味を選択する自由を求めていると書いている。

ほかの世界宗教は、人生における意味を教えている。どの宗教も、これこそあなたが生きる意味だと教える。テリー・イーグルトンは、現代人の問題は、人生で選ぶものは何であれ、この世界で自分自身が見つけたものでなくてはならないという点にあると指摘している。

例えば、それは恋愛かもしれないし、家族やキャリアかもしれない。政治的な課題も人生の意味になりうる。そして問題は、いうまでもなく、仮に人生の意味が現世でしか得られないとしたら、苦しみによってそれらが根こそぎ奪い去られてしまうという点だ。

一方で、世界の宗教は人生の意味をこの世界の外に置く。天国に行き、神と愛する人々と共に永遠に暮らすことを頼りにする人々もいれば、輪廻から逃れて永遠の至福に至ることを拠り所にする人々もいる。この世界の幻想を超越して、宇宙に集められた魂の一部になることに意味を見いだす人々もいる。あるいは、どんな運命や敗北を経験しても、善良で人徳があり尊敬されるような人生を送ることに意味があると言う人々もいるだろう。しかし、こういった考え方のどれもが、人生の意味をこの世界の外に見出そうとしている。

しかし、苦しみに会うとき、何かを奪われるとき、それらは生きる意味そのものを決して奪うことはできないのである。しかも、苦しみは私たちの人生の意味に触れることができないばかりか、神に対する私たちの信仰をさらに深める機会となるのである。……

『センターチャーチ』の日本語訳を出版する理由を明確にするならば、それはただひたすら都市が福音の良い知らせを伝える私たちを必要としているからである。私たちは、その良い知らせをそれぞれの文化が聞いて理解できるような方法で伝えていかなければならない。新しい教会は、新しい人々に届くことができる。もし私たちが神がなさったことを伝えるならば、すべてのクリスチャンは、古きも新しきも、長年のクリスチャンも、福音を聞いたばかりのクリスチャンも祝福されるのである。

 

ティモシー・ケラー 好評既刊


『偽りの神々
かなわない夢と唯一の希望』
廣橋麻子 訳
B6判 定価1,760円(税込)
偶像礼拝―それは、愛情、金銭、成功、権力など、神以外のものを究極的な対象としてしまうこと。聖書中の人物が持っていたそれぞれの偶像を検証し、真の神を中心とした生き方を説く。

 

『結婚の意味
わかり合えない2人のために』
キャシー・ケラー 共著/廣橋麻子 訳
B6判 定価2,200円(税込)
何もかも違う他人の2人の間に、いかにして永遠の愛を築き上げることができるのか。現代のC・S・ルイスと評されるケラー師が、葛藤を繰り返してきた夫人とともに、現代社会に蔓延する諸問題を指摘しつつ、結婚の本質と使命を説く。