書評Books 綾子さんの視線の注がれた先に

デザイナー・漫画家・『塩狩峠』漫画執筆 のだますみ

 

『信仰エッセイ選
平凡な日常を切り捨てずに深く大切に生きること』
三浦綾子 著
四六変型判
定価1,650円(税込)
フォレストブックス

『氷点』『塩狩峠』『泥流地帯』『銃口』……。三浦綾子さんは実にたくさんの小説、エッセイを綴られた。大の三浦綾子ファンの私はほとんどの作品を網羅していると自負していたが、本書には初めて拝読するものも多くあった。

本書は、多岐にわたる綾子さんのエッセイが見事に束ねられている。そして、どのエッセイにも共通して放たれているものを感じる。それは「いのちへの愛しみ」である。

「三浦綾子」と聞いて何を連想するだろうか。夫の光世氏と二人三脚で取り組んだ執筆活動や病と共にある信仰生活だろうか。私は、熱血教師としての綾子さんの敗戦体験が強く思い起こされる。そこを語らずして綾子さんのことは語れない。

二十三歳で体験した敗戦。「御国のために死ぬ」ことが栄誉だと信じて子どもたちに指導してきたことを完全に否定された衝撃。それは綾子さんにとって計り知れなく重たい悔恨となる。敗戦で一八〇度変わった価値観に表面的に順応していく人は多かった。しかし、彼女の心の目はそれを許さなかった。これはキリスト者となる前から彼女に備わっていたものだと思う。大きな目が印象的な綾子さんだが、いつも真っ直ぐに人々や物事を見通しておられたのが伺える。その目は深い人間洞察と心理描写を生み出し、後に小説を書くようになってから活かされることになる。

だが本書の「言いはる罪」の中では、そんな綾子さんを「恐ろしい」と感じていた人たちがいたことも記されている。綾子さんの心の視線は子どもたちに過ちを教えた自分の罪を厳しく見据えていた。しかし、イエス・キリストと出会い、自分に「神の目線」が注がれていることを体験する。神の目は決して変わることのない愛の眼差しだった。 

敗戦を経て、海に身を投げようとする虚無の中から、神の圧倒的な愛と赦しによって救い出された綾子さん。どれほどいのちが尊く重たいか、愛しいものであるかを感じていたのではないか。自らの罪を見ていた視線は神に、そしていのちへと注がれるようになったのだと思う。その言葉は読者の心を探り、人生に響く一石を投じるに違いない。