ヘブル語のススメ ~聖書の原語の世界~ 8回目 名詞の話

城倉啓
1969年、東京生まれ。西南学院大学神学部専攻科修了後、日本バプテスト連盟松本蟻ケ崎教会の牧師就任。
2002年、米国マーサ大学マカフィー神学院修士課程修了後、志村バプテスト教会牧師を経て、現在、泉バプテスト教会牧師、東京バプテスト神学校講師。

今回は名詞の話です。名詞は軽く活用します。八通りの組み合わせを知るだけですから安心してください。名詞には三つの属性があります。性・数・形です。男性名詞か女性名詞かが大別され、その中で単数か複数か、独立形か合成形か分類されます。表にしましょう。

辞書の見出し語は男性名詞も女性名詞も、単数・独立形です。どのような見かけで登場しても、その単語を単数・独立形まで復元して辞書を引くのが私たちのミッションです。上の表で象眼の左上を目指すイメージを固めましょう。

ヘブル語の名詞は、男性名詞か女性名詞に振り分けられます。解読のコツは、女性名詞がで終わるということにあります。それ以外の語尾は男性名詞です。

ヘブル語の名詞は英語と同じく、一つのものであるのか、それとも二つ以上のものであるのかを区別します。日本語話者の苦手なところですから気をつけてください。

解読のコツは、男性名詞の場合にはです。たとえばの場合、以下を切り落としてという三文字を取り出し辞書を引きます。辞書には「言葉」「出来事」という意味が載っています。文脈次第でどちらかの意味に訳し分けます。

ちなみに、ヘブル語に抽象的な意味の「事」という言葉はありません。語られた言葉が即具体的出来事になるという考え方が正典信仰の背景にあります。

女性名詞の場合には、という語尾をに変えて辞書を引きます。をいくら辞書で調べても載っていません。までさかのぼって辞書を引きます。辞書には「教え」「律法」「モーセ五書」とあります。この場合、複数形ですから「律法」「モーセ五書」はありえません。表を見ると「諸々の教え」(独立形)か「~の諸々の教え」(合成形)か、両者全く同じ形で判別できません。はて?

独立形は、私たちが普通に「名詞」と考えるものです。ヘブル語に特徴的なものは合成形です。次の名詞と連なり、意味を結びつけていく名詞を合成形名詞と言います。基本的に合成形か独立形かは語順が教えてくれます。二つの名詞が並んだ時、前の名詞が合成形、後の名詞が独立形です。
という聖句(ネヘミヤ九・一三)の解読をしましょう。

まず前回学んだとおり、語頭のは一文字の接続詞だと見破り、切り落とします。の意味は英語のandと同じですから、「~と」か「そして」でしたね。

次にです。先述のように「諸々の教え」(独立形)か「~の諸々の教え」(合成形)かの判断が必要です。いったん判断を保留して(このモヤモヤに耐えてください)、次の単語の解読にとりかかります。

は「真理」という意味の女性名詞です。右の表にはありませんが、時々このような母音記号のつき方をする名詞が、男性にも女性にもあります。名詞の連続の場合、前の名詞が合成形、後の名詞が独立形ですから、は「~の諸々の教え」となります。こうして、「と、真理の諸々の教え」という翻訳が完成します(新改訳「と、まことのみおしえ」)。

合成形の翻訳は、名詞の暗号解読を楽しくします。創世記三一章四二節「イサクの恐れる方」はという二単語の翻訳です(新改訳)。前の単語が「~の恐怖」、後ろの単語が「イサク」です。直訳は「イサクのおそれ」。

しかし、翻訳の可能性はいくつかあります。「イサクが持っている畏敬の念」や「イサクに対する恐怖心」です。誰の誰に対するおそれなのか、そのおそれは、肯定的な意味なのか、否定的な意味なのかを判断しなくてはいけません。

文脈を見ると、「イサクのおそれ」は「アブラハムの神」と類義語であることがわかります。ということは「おそれ」は、「神」を表す肯定的表現であるはずです。そこで「イサクが持っている畏敬の念の対象である方」と解釈して、「イサクの恐れる方」と意訳しているのです。