泣き笑いエッセイ コッチュだね! 第9回 一筋縄じゃいかない!

#更年期 #うつ #親の介護 #教会のピンチ #牧師の孤独 #みことばの黙想 #おひとりさま #トンネルを抜ける #オトナの坂道

 
朴栄子 著

在日大韓基督教会・豊中第一復興教会担任牧師。1964年長崎市生まれの在日コリアン3世。
大学卒業後、キリスト教雑誌の編集に携わる。神学修士課程を修了後、2006年より現職。

 

紺碧の海と褐色の断崖絶壁。息を飲むほどの絶景とともに、忘れられない出来事があります。名付けて「バンザイクリフ事件」。二十代のころのことです。

当時のわたしは仕事を辞め、次のステップまでの間、弟子訓練学校というところで半年を過ごしていました。そこから学びの実践として、伝道旅行に出たときのことです。

行き先はサイパン。上皇夫妻が慰霊の旅で訪ねた絶壁に出かけました。別名「スーサイドクリフ」(自殺の崖)とも呼ばれ、太平洋戦争末期に追い詰められた日本兵が「天皇陛下万歳!」と叫びながら飛び降りた場所です。
夜になって現地の人たちと祈っていたときのこと。パッと、脳裏に昼間のシーンが浮かんできました。帰る直前に見かけた日本人カップル。キレイ!と叫んでピースする女性を、男性が撮影。
(アホな日本人! はしゃぐような場所じゃないでしょ)
日本人が南洋諸島でしたことと、戦争の爪痕。父親を日本兵に殺されて憎しみしかなかったが、あなたたちに出会ったことで、悔い改めた日本人を赦します、と言ったパラオの女性。なんだろうこのモヤモヤ。そうだわたしは、この無知な男女を見下していたのだ。
それは今まで幾度となく「日本語上手いですね。日本に来て何年?」と聞かれたときに感じていた、苛立ちや蔑み、また怒りと同じものでした。何も知らないんだ。在日コリアンがなぜ日本にいるのか。どういう思いをしているのか。日本が支配して、踏みにじったのに。
そして、気づいたのです。自分は差別される側だと思い込んでいたことに。その自分もまた、人を見下してしまう存在。知らないうちに人を傷つけ、踏みにじってしまうかもしれない存在だと。

性暴力被害に遭い、実名で訴訟を起こした伊藤詩織さんに関連して、興味深い記事を読みました。
「性暴力を根本からなくそうと思うのであれば、『性暴力をする人╱しない人』という表面上のカテゴライズで判断するのではなく、『女性を支配・抑圧する行為╱しない行為』というカテゴライズで判断し、それらの行為をしっかりと批判しなければなりません」(勝部元気著・『論座』オンライン2020/1/24)
十年ほど前から、日本のあちこちでヘイトスピーチが過激化していました。初めて身の危険をおぼえ、未知の人には自分の出自を知られたくないと思いました。
「在日コリアンは被害者/日本人は加害者」「わたしいじめられる人/あなたいじめる人」「平和的な人/暴力的な人」という二項対立は危険です。神さまが創造されたこの世界と人間は、もっと多様性に富んだものだからです。
コロナ禍中に、ミネアポリスで白人警官によって黒人男性が暴行を受けて亡くなったことで、抑圧されていた黒人の怒りが爆発しました。しかし、世界に広がる今回の人種差別反対デモは、有色人種だけでなく、白人の参加割合が多いことが特徴とされます。
白人と黒人、強者と弱者、性差別を行う男性と被害を受ける女性、という固定化した図式に当てはめると、肝心なことが見えなくなります。
わたしたちは善人のときもあれば、とんでもない悪人になってしまうこともある。ともすれば分断されてしまう人間社会のなかで、黒人を奴隷として扱い、障がいを持つ人の当たり前の権利を国が堂々と奪うような、罪に満ちた世界の構成員のひとりなのです。
わたしのアボジは日本生まれの在日二世。オモニは結婚後、韓国籍に帰化(日本国籍離脱)した元日本人です。周囲にびっくりされますが、緑色の大韓民国のパスポートを持っています。わたしのハングルはいい加減で、祖国の歴史も地理も政治のことも、とんと疎い。それでも韓国人としての愛国心、誇りを持っているつもりです。そして、生まれ育ったこの日本もまたわたしの愛する祖国です。ザイニチってとてもフクザツでややこしくて、一筋縄ではいかないのです。
数年前の年賀状に、オモニとわたしの写真を使いましたが、わたしは着物姿。それを見た友人牧師がものすごく興味を持って聞いてきました。
「チマチョゴリと着物、どちらがしっくりきますか?」
ううん。考えたこともなかった。チマチョゴリ大好き!着物も超テンション上がる! どっちもわたしで、いいんじゃない?

「盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかなりません。わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです」
   (ヨハネ10・10)

 

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