NEWS VIEWS FACES 「病気になってよかった」と語った
テノール歌手 ベー・チェチョルさんの魅力

礒川道夫
ライフ・ミュージック チーフプロデューサー

 昨年、社内のスタッフからメールが来た。「今、NHKテレビで、ベー・チェチョルさんの番組をやっているので観て下さい」

 恥ずかしながら、「アジアで100年に一人の逸材」と言われているテノール歌手の ベー・チェチョルさんのことはあまり知らなかった。

 その番組は「NHKドキュメンタリー特集 あの歌声を再び~テノール歌手ベー・チェチョルの挑戦~」。とにかく衝撃を受けた。まず衝撃を受けたのは、力強い張りのある彼の歌声だ。オペラのことは詳しくはないが、彼の人格的なやさしさと声質の力強さを合わせ持ったような歌声だ。番組を観ていると2005年、その彼が医師から甲状腺がんの宣告を受けてしまう。歌手にとって致命的な病名。そして声帯の一部を切り取られてしまう。当然声も出なくなった。

 失望、落胆する。彼は子供の頃から教会に通うクリスチャン。困難に遭う時、人の考えは二つに分かれる。「こんな困難に遭うのは神がいない証拠」。もう一つは「愛なる神には、何かお考えあるに違いない」

 ベーさんは後者の考えを持った。そして神は一人の男をヘルパーとして彼に遣わす。ヴォイス・ファクトリイ(株)の代表の輪嶋東太郎さんだ。このお二人の男の友情には、感動する。「がんにかかる可能性。またそのがんが甲状腺だったこと。そしてアジア人のテノール歌手が、がんになる可能性。これらすべての確率はたいへん低いはずだ。その人がベーさんだった。これは何か意味があるに違いない」とキリスト者ではない彼が熱く語った。

 そして2008年12月17日、22日に新しいCD「輝く日を仰ぐとき」録音記念コンサートの舞台にベー・チェチョルさんは立っていた。

 すべてここに書くことは出来ないが、奇跡という言葉で片付けてしまうことは出来ないドラマがこれまでにあった。

 「病気になってよかった。大事なものを手に入れたような気がする」というベーさん。 その大事なものとは何かを発見するのに、今度のCD「輝く日を仰ぐとき」を聴いてみてほしい。

 力強い張りのある以前の歌声とはまた違って、「神様から与えられた新しい歌声」が心の中に染み渡り、何かに守られている安心感を与えてくれる作品である。