21世紀の伝道を考える 4 路上生活の兄弟たちとの交わり(2)

金 小益
日本長老教会 千住キリスト教会 牧師

 前回は、路上生活の兄弟たちとのかかわりについて考えましたが、今回はその交わりの中で教えられたことを書いてみたいと思います。

 厳しい現実の中で、だれもが、いつどうなるかわからない、そんな今の社会の状況にあって、「ともに生きる」ことこそ大切なのではないかと感じます。イエス様はルカ一〇章二九節―三七節で、よきサマリヤ人のたとえを通して、「隣人に対する愛」について教えています。隣人になることと、隣人であることとは別のことです。隣人であることは、物理的に近くにいるすべての人々をさします。しかし隣人になるということは、隣人の立場を常に自分の立場として考えるということです。それはまさに「ともに生きる」ということではないでしょうか。その人の痛みを自分の痛みと感じることなしに、隣人になることはできません。何かをしてあげるということは、上下関係から出る慈善の心です。そうではなく互いに神の愛を分かち合う中で、自然体でかかわりながら必要に応じて助け合う共同体の回復をめざして励みたいと思っています。

 そしてもう一つのことは、たしかに生活のためにお金は必要ですが、それ以上に人は、生きがいを失ったとき、生きる気力をも失ってしまうように思えるということです。彼らが生きる意欲を持てるようにならなければ、結局その人を尊重したことにはならないのです。イエス様は、「人はパンだけで生きるのではない」(ルカ四・四他)とおっしゃいました。河川敷での礼拝でも、神様が一人一人を愛し、一人一人が必要とされている存在であることを語り続けています。イエス様は一匹の羊を探し歩き、また弱い者の友となってくださいました。イエス様は信じる者を見捨てないお方です。また私たちを十字架の血潮によって罪から救い出し、無条件に愛してくださいました。そればかりか「わたしの目には、あなたは高価で尊い」(イザヤ四三・四)とおっしゃっています。このすばらしい神の愛が、身心ともに飢えた人が立ち直っていく糧になると信じ、福音を語り続け、給食の働きを続けていきたいと思わされています。

 I兄は、病気の発作のために何度も入院されていましたが、私たちは身の回りの必要な物をもって何度も見舞いました。彼が亡くなる直前、「僕はクリスチャンなので、葬儀は仏式にはしないでください」との連絡を受け、早朝、病院にかけつけました。妻とみことばを読み、彼の好きだった「いつくしみふかき」を賛美し、祈り、棺の中に聖書を入れました。またH兄は河川敷の礼拝は、四回しか出席しませんでした。一回目ははるか遠くから見物、二回目は近くまで来て、耳は傾けていましたが、体は別の方向を向いていました。三回目は、最前列に座り、終始メッセージを涙を流しながら聞いていました。礼拝が終わり、「こんな話は一度も聞いたことがありません。僕のような者でも信じてよいのでしょうか」と質問を受け、いっしょに涙を流しながら神様にお祈りしました。そしてもう一度礼拝に来た後、体調をくずし、救急車で病院に運ばれ入院し、その後一ヶ月もたたないうちに天に召されました。電灯もない真っ暗な橋の下のテントの中で亡くなっていく、そのようなことがないように、たとえ与えられている場所、対応できる範囲は限られているとしても、その中でアンテナをはり、ネットワークをつくり、兄弟たちとかかわりながら歩んでいきたいのです。

 ここで兄弟たちの現況について少し書いてみましょう。彼らの多くは簡易旅館やビニールシートで家を作って住んでいたり、ダンボールハウス、そしてまったくの野宿の人もいます。また不況の中で職を失った人、人間関係(会社、家庭)で疎外された人、肉体的、精神的な障害をもっている人、アルコール中毒の人など様々です。また彼らの中には生活のために、アルミ缶、古本、ダンボールなどを集め、一生懸命に働いている兄弟もたくさんいます。

 私たちの願いは、彼らが福音にふれ、信仰をもち、そして自立していくことです。一度も福音を聞いたことがない方々も多いのです。礼拝を通して、みことばが語られ、そこから救われる魂が起こされ、教会につながっていくという現実は、本当に感謝なことです。私たちは、お互いの存在を大切に思い、関心を持ち、愛し合い、祈り合って生きていきましょう。それが神様の命令なのですから。