ブック・レビュー 聖書時代から近代までが繋がる
「聖地歴史図鑑」


菊池 実
東京基督教大学 准教授

ピーター・ウォーカー博士による『聖地の物語』(原題The Story of Holy Land)の邦訳がなった。本書は聖書の舞台となった地の歴史を、副題「目で見る聖書の歴史」とあるとおりビジュアルに多角的に、また一本の線として繋げて提示する「聖地歴史図鑑」である。本書が画期的なのは、歴史描写を聖書の時代だけにとどめていないことだ。これまでも聖書時代に限定したビジュアル的書籍は多くあり、個々に意味もあった。その中、本書は中間時代(旧約と新約の間)を含め、現代に至る歴史の流れを学識に富んだ視点・史料・貴重な画像、そして簡潔な解説をもって描きだした点に特徴がある。
聖地を旅する人は、多くの感動を得る半面、よく混乱と消化不良を起こす。族長、ダビデ、ヘレニズム、ローマ、ヘロデ、ビザンティン、イスラム、十字軍……歴史の主役たちが入れ替わり立ち替わりガイドの口から飛び出してくる。旅行者は、帰国して学び直そうと言いつつ、結局混乱の中を旅することが多い。旅せずとも、かの地の歴史と現代の中東問題の関わりが未整理の人も多いだろう。本書はその整理と理解に役割を果たす好著である。
著者は、トリニティ神学校(奉仕者養成スクール)聖書学教授、聖公会の教職である。それゆえ視点が広く、深い。現地の経験も豊かであり、巻末の参考文献にも納得させられる。解説は族長時代から始まり、時系列で解説が流れていく。従来なかったドローンを駆使した航空写真が見事である。エルサレム、荒野、ガリラヤなど、全景がつかめる。百年前の数々の貴重な写真にも唸らされる。「聖地」とするのは、時代や立場によりこの地の呼び方も異なる難しさをはらむからだ。しかし、背景にもなる十字軍やイスラム、またユダヤ人の帰還を扱う歴史の視点は驚くほど公平である。痛みの現代史には偏った深入りはない。しかし、そこをも見つめつつ、この長い歴史と今を感じて祈りを忘れていない。