ブック・レビュー 『泉への細きわだち』
元特攻隊員がたどった心の軌跡

『泉への細きわだち』元特攻隊員がたどった心の軌跡
油井義昭
日本福音キリスト教会連合 長津田キリスト教会 牧師

一度「死」を覚悟した青年がキリストの救いを見いだし……

 一九四五年八月九日、海軍飛行予科練習生井出定治氏(当時十九歳)は神風特攻隊としての出撃命令を受けたが、八月十五日に敗戦となり、生き残った。本書は死を覚悟した元特攻隊員がキリストの救いの「泉」を発見するに至る道筋、そしてその後の物語である。

 本書の前半は、幼いころから青年期に至るまで、人間の存在についての「なぜ?」という疑問、死に対する漠然とした恐れ、永遠への限りない渇きを持ったこと、また、そのような個人的な悩みを追いやるような当時の時代精神を記す。

 一つの国民が民族主義から軍国主義へ動いていく中で、個人が幻想の美化に流され、生活の全領域で軍事的価値が優先する時、生への衝動を持つ人間の内奥にある懐疑や、不安のある死の意識を卑劣なものと見なす傾向があったと述べる。

 敗戦直後、引揚げ復員船の操舵員となったが、その後上京し、昼間はアルバイト、夜は大学に通い、人生における答えを求めて真剣な歩みをした。一九四九年、東京の品川に住んでいた英国の老婦人宣教師オードリィ・ヘンティさんの家の一室に住み、そこで彼女がある人の危機的状況を助ける姿を目の当たりにして、神の支えの上にこういう行為が成立するのを知り、回心を経験した。

 後半は神への献身の思いを与えられた著者が関西聖書神学校、東京神学塾、聖書神学舎に学び、蕨福音自由教会での奉仕、結婚、日本福音キリスト教会連合キリスト教朝顔教会での牧師に導かれるまでの物語である。著者はヘンティさんの「主イエス・キリストさえ、ご自分を喜ばせることはなさいませんでした。あなたは自分を喜ばせる伝道者になってはいけません」という言葉をモットーとし、教会を愛し、仕え、二〇〇一年六月十五日に朝顔教会協力牧師として天に召された。

 求道者の方々にも良い書であると同時に「漠然とした不安と恐怖」のあの時代が再現しつつある今日、すべてのキリスト者にぜひとも読んでいただきたいと願う。