ビデオ 試写室◆ ビデオ評 77 受難週・イースターに向けて観たい『パッション』

「パッション」
古川第一郎
日本キリスト改革派 南越谷コイノニア教会牧師

 DVDが発売されて一ヶ月で、すでに10万枚以上の売り上げがあったと聞きました。

 くりかえしDVDを見ると、次々に新しいことを感じます。

 その一つは、イエスを鞭打つローマ兵たちが、あまりに楽しそうだということです。人を打ち叩くことがこんなに楽しいということは、誰かに深い恨みを持っていることの表れです。

 兄にいじめられた弟が、お母さんの胸を叩きながら、「お兄ちゃんがいじめた!」と言って、泣いていたという話を聞いたことがあります。お母さんは、「ごめんね、ごめんね」といって、小さなわが子を抱きしめながら叩かれていたということです。このお母さんは、ある意味で長男の罪を背負って、身代わりに弟の復讐を受けていたのです。

 兵隊たちは、疎外された人間です。人間性を押し殺して命令に従い、時には鞭を打たれてきた人たちでしょう。じっと耐えながらも、心の中は怒りと恨みでいっぱいだったでしょう。その恨みを、イエスに思い切りぶつけているように見えます。イエスは、彼らが恨んでいる人たちの罪を背負って、身代わりに打たれているのです。

 よく見ると、鞭を打たれるイエスは、兵隊の足を見つめています。そのとき回想シーンに変わって、弟子の足が現れます。イエス様はその足を洗っています。むち打ちが終わって引かれていくときも、イエスの目は兵隊の足を見ています。鞭を受けながらも、イエスは彼らの悲しみを知り、彼らに仕えているのです。「ごめんね」。彼らの足を洗うように、怒りを受け止め、憎しみを吸い取っておられるイエスの姿が見えます。

 手足を釘が打ち貫いたとき、イエスの愛はほとばしり出ます。「父よ、彼らをお赦しください!」十字架が立てられて、ドスンと穴に落とされたとき、また同じことを祈ります。痛い瞬間ほど、彼は大声で祈るのです。それも加害者の赦しを!理解できません。呪うのが普通なのに。どこまで苦しめられても仕える人。相手の幸せだけを願う人。「この人を見よ」というポンテオ・ピラトの言葉が、新しい命令となって迫ってきます。

 復活の場面を見ると、墓の中で立ち上がった彼が、画面から出てきて、私の現実の中に入って来られるようです。本当に彼は、復活された今も、すべての悲しみ、絶望、苦痛を、私たちと一緒に背負っていてくださるのです。イエス様は生きています!

 このようなことを強く実感させてくれる『パッション』は、生涯保存して、心が弱ったとき、人生の危機のとき、何回でも見られるようにしておきたい作品です。見るたびに新しいものが見え、奥深い自分を育ててくれる宝になります。