さわり読み 話題の書籍『子どもたちに寄り添う』ちょっとさわり読み

『子どもたちに寄り添う』

 今日、少年鑑別所でひとりの少女に会ってきました。家出、窃盗、恐喝を繰り返し、年齢を偽って風俗産業で働いていたところを補導されたのです。私は、彼女の付添人です。大人の裁判でいうと弁護人にあたります。面会は今日で三回め。

 「大人なんか絶対信じない。あんたなんかに心配されたくない。もう死んでもいいや。十六年、十分長く生きたよ」これまでの二回の面会で、彼女は、そう悪態をついて荒れていました。生まれる前に父を亡くし、生まれて一月で母に置き去りにされ、それからずっと、乳児院や児童養護施設で暮らしてきた子です。私はつらくて、どうしたら彼女と心を通わせることができるのかと悩み、落ちこんでいました。

 ―――――― 中略 ――――――

 少年鑑別所での彼女との三回めの面会を前に、私はなすすべもなく毎晩祈りました。「私にはどうすることもできません。どうかイエスさまが彼女に寄り添い、彼女の深い孤独、人間不信を癒してあげてください」と。そして重い心で彼女と面会したのです。

 ところが、なんとその日初めて、彼女と打ち解けて話すことができたのです。これまでの生活や非行の詳細、これからの生活への不安や希望、自分の問題性、間近に迫る家庭裁判所の審判への準備。次々と語り合うことができました。少年院に送られることがほぼ間違いない状況で、出院後の居住先の世話や高校受験の準備、少年院への訪問などの私の申し出も、これまでのように拒むことなく受けとめてくれたのです。

 神さまは生きて働いておられる。「少年院でがんばってこようかな」と語る彼女を見つめながら、涙が出そうでたまりませんでした。


 もしかしたら、教会学校に通ってきている子どもたちの中にも、人知れず苦しんでいる子どもがいるかもしれませんし、そのまわりには、もっとたくさんの苦しむ子どもがいるでしょう。

 それに気づいた大人たちが、どうしたらいいのか。そして子どもたちをそれほどまでに苦しませないために、どんな社会にしなければならないのか。子どもとパートナーとして生きるってどんなことだろう。そんなことをいっしょに考えながら、読んでいただければ幸いです。