書評books 国家と教会の距離を問い直す
『キリスト教シオニズムとキリスト教ナショナリズム』
パスカル・ズィヴィー著
A5判 60頁 定価660円(税込) いのちのことば社
日本聖公会管区事務所宣教主事・司祭 卓志雄(タク・ジウン)
本書は、トランプ政権を支えるアメリカ福音派右派の思想的背景を、「キリスト教シオニズム」と「キリスト教ナショナリズム」という二つの視点から分析した意欲的な著作である。著者は、宗教が政治権力と結びつくことによって、国家政策や国際紛争がいかに宗教的に正当化されていくのかを、歴史的・神学的背景を踏まえながら丁寧に解き明かしている。聖書解釈がイスラエル支持やアメリカの外交政策と結びつき、現実の政治を動かす思想となっているという指摘は、宗教と政治の関係を考えるうえで、きわめて示唆に富む。
「政教分離」とは、国家権力が宗教的事柄に介入してはならないという原則であり、宗教が政治共同体の課題や社会問題への関わりを避けるべきだという意味ではない。むしろ教会は社会の一員として、福音に基づく価値を社会に語る責任を担っている。しかし、その使命は政治権力との結びつきによって果たされるものではない。むしろ国家から特権を与えられた教会は、国家の不義を批判する預言者的使命を失い、権力を正当化する存在へと変質してしまう危険を抱えている。この問題は、日本聖公会の歴史とも深く重なる。戦時下、日本聖公会は「皇国聖公会」と称されるほど国家との一体化を進め、福音よりも国家への忠誠を優先させた。しかし敗戦後、自らの戦争責任を告白し、その歴史を真摯に問い直しながら、教会本来の預言者的使命を回復する歩みを続けてきた。本書が描くアメリカの状況は決して特殊なものではなく、宗教が国家権力と過度に結びつくときに生じる普遍的な危険を示している。
本書は、宗教を政治から遠ざけることを勧めるのではない。むしろ、政治権力から自由であるからこそ真理を語ることのできる教会の姿を問いかけているのである。教会は国家の特権を求めるのではなく、多様な価値観が共存する社会の中で対話を重ね、不義に対しては勇気をもって声を上げる預言者的共同体であり続けなければならない。本書は、現代社会における教会の公共的使命を改めて問い直す、時宜を得た一冊である。