祈り祈られマリエリ交換日記 第2回 祈られる喜び

大嶋裕香  鳩ヶ谷福音自由教会会員・川口市主任児童委員

美由記ちゃんへ
美由記ちゃん、私のことを信仰のお姉さんと言ってくれてありがとう。あなたは十二歳年下。私には、ちょうどあなたと同い年の妹がいます。「妹と同い歳だね」と、以前も話した覚えがあります。出会いから年を重ね、私も可愛い妹のように思っていますよ。
そんな美由記ちゃんから「裕香さんと往復書簡をしたいです」と言われて、とても嬉しかったの。豊田かなさんとの共著『女性の秋を生きる二人の往復書簡』(いのちのことば社、二〇二四年)を書き上げた後、私には本格的な「人生の秋(*)」がやってきたのです。そのことを、今度は人生の季節が違う方と語り合ってみたい、とも思っていました。
本のあとがきを書き上げた後、夫の父と私の父をそれぞれ天に送りました。二人とも私にとっては急すぎる別れだったので、まだまだ思い出すと涙が出てしまいます。
また、体調的にものぼせやイライラなど更年期の症状がひどくなり……。どうしても怒り口調になってしまうのよね。一番の被害者である夫と息子は、相当くらっていると思います。
そんな本格的な「人生の秋」を迎えた私と、「人生の夏」をバリバリ過ごしている美由記ちゃんとの「往復書簡」ならぬ「交換日記」。前回マリアとエリサベツとの関係について書いてくれたけれど、美由記ちゃんが年下のマリアで「マリ」。私が老年(初老かな?)のエリサベツで「エリ」。何も知らない方が読んだら、「マリ」と「エリ」という名前の人が交互に書くのね、と思われるかもしれませんが、実は「みゆき」と「ゆか」との交換日記なのよね。ペンネームみたいで楽しいです!
さて、ご質問の「なぜ面倒見がいいか」ということなのですが。自分でも世話好きだという自覚がありまして。地域でも子ども担当の民生委員をしていて、ヘルプの連絡が入ると、直行してしまいます。教会でも、病気になったとか赤ちゃんが生まれたなどの連絡があると、自分の中の「お助けスイッチ」が入り、食事を大量に作ってバッグに詰めて、訪問します。私の母方の親戚は、留学生のお世話を長年していました。娘も援助職についています。
生まれ育った環境や家族の影響もあると思いますが明らかに、神様から与えられた「人を助ける」という使命、賜物が私にはあると思っています。美由記ちゃんには説教の賜物があるよね。
祈りについては、最初は祈る言葉が見つからず、苦手意識があり、コンプレックスがありました。そんな私のために、周りの祈りの猛者たちがよく祈ってくださったのです。
私が影響を受けた祈りの人は、第一に母教会の牧師です。とにかく正直に祈るように、と教えてくれた恩師です。「そんなに格好つけて祈らないで、もっとダメダメな裕香のままで御元に行きなさい」と、祈りについてもよくアドバイスしてくださいました。「責めている側でなく、責められている側に一緒にいてくださるイエス様」を教えてくれたのもこの先生です。
第二に両親です。父は毎朝五時ごろから百人近い方々のために祈っていました。私のことも毎日祈ってくれていました。実家に泊まった夫が、父が早朝から祈る声を聞いて、「あの声、何? 再臨が来たのかと思った!」と驚いたことがあったんですよ。母も祈りの人です。当時大学生の私が信仰に悩んでいたとき、毎日一緒に祈ってくれました。今でも、会うとすぐに祈ってくれます。呼吸をするように祈る人です。
第三に、宣教団体で出会った上司です。私の結婚のために祈ってくれた方で、今も毎日私の家族のために祈ってくださいます。私の信仰の母のような人。感謝の祈りを忘れないその祈りの姿にも、とても大きな影響を受けました。祈っていたことの答えが与えられたら、すぐに感謝の祈りをささげることを、彼女から教わりました。
このような祈られる喜びのうちに、私の祈りも少しずつ育っていったのだと思います。そして次第に、祈ることが喜びになりました。とにかく私はたくさん祈っていただいたのです。
今回の「祈り祈られ」というサブタイトル、とても嬉しかったの。私と美由記ちゃんとの関係は、祈り祈られる関係ですよね。結婚のこともよく一緒に祈りましたね。祈られている中での結婚の導きはどうでしたか?

*スイスの精神科医でクリスチャンのポール・トゥルニエ著『人生の四季』によると、生まれてからの子ども時代、10代ごろまでが春、20代から30代ごろが夏、40代ごろから秋、晩年を冬とする。