書評books パウロの牧会観の核心を示す良書

『力は弱さのうちに 牧会者パウロ 十字架の姿を生きる』

『力は弱さのうちに 牧会者パウロ 十字架の姿を生きる』
ティモシー・G・ゴンビス 著
立木信恵訳・後藤敏夫監訳
四六判
定価2,420円(税込)
いのちのことば社

聖契神学校教務主任 山崎ランサム和彦

 「使徒パウロ」というと「明晰な頭脳と宣教への情熱、不屈の意志を持って地中海世界を伝道して回り、教会を開拓し、最後には殉教した英雄的な人物」というイメージを持たれることが多いのではないかと思います。パウロ自身は、「わたし(神)の力は弱さのうちに完全に現れる」、「私が弱いときにこそ、私は強い」(Ⅱコリント一二・九~一〇)といった有名な言葉も残していますが、このような「弱さ」の理解が彼の神学と実践の核心にあることは、今述べたような英雄的イメージの陰であまり強調されることがありません。それはもしかしたら、現代のキリスト教会が求める牧会者像は、いろいろな意味で「強い」指導者だからかもしれません。でも、それははたして正しいパウロ理解なのでしょうか。
 本書は「神学者」あるいは「伝道者」として語られることの多いパウロを「牧会者」として描きます。牧師であり新約聖書学者でもある著者は、聖書学の深い知識に基づき、ダマスコ途上での復活のイエス・キリストとの出会いを通して、パウロの信仰や生き方がどう変えられたかを丹念に描き出していきます。一言で言うなら、パウロは「権力」や「名声」、「イメージ」に至上の価値とアイデンティティを見出す生き方から、「弱さ」と「恥辱」を通してこそ神が働かれるという信仰に立つ生き方に変えられていったというのです。パウロの信仰の中心にあったのは、十字架につけられたイエス・キリストの姿(cruciformity)でした。
 著者はこのようなパウロ理解に基づいて、現代の教会でしばしば見られる、イメージや経歴、教勢や強いリーダーシップを追求する牧会姿勢は、パウロのそれとは真逆のものであることを示したうえで、牧会者が「強いリーダー」になろうとするのではなく、神が教会でなさっていることを尊重し、しもべとして神の民に対して責任を伴ったケアを行っていくことを勧めます。
 すべての信仰者、とりわけ教職者に読んでいただきたい良書です。