書評books ゲイであり クリスチャン 性的ではない交わりに希望

日本ホーリネス教団東京聖書学院教会・牧師 齋藤善樹

 


『罪洗われ、待ち望む
神に忠実でありたいと願うゲイ・クリスチャン 心の旅』
ウェスレー・ヒル 著 岡谷和作 訳
四六判・256頁 定価2,200円(税込)
いのちのことば社

 

議論が噴出する書物だと思います。著者のウェスレー・ヒルは自らの人生の旅を、胸が切なくなるほどに真実に描きます。彼は自らをゲイ・クリスチャンと呼び、男性としての自分が、同性である男性に惹かれる傾向があることを表明します。そして彼にとって自分が福音的で保守的なクリスチャンであることは、もう一つの大切なアイデンティティーです。当然ながら、この二つのアイデンティティーは彼の人生において深刻な葛藤を生み出しました。
現代のキリスト教会の性的少数者(またはLGBTQ)に対する考え方には、大きく分けて二つの対立する極が見られます。一つの極は、同性愛は罪であり病であるという伝統的な教会の考えです。そこでは同性愛は堕落の現れであり、悔い改め、きよめられ、癒やされる必要のあるものです。一方、もう一つの極は、現代的な考えです。ゲイもレスビアンも神が与えたアイデンティティーであり、素直に性的少数者としての性自認、性的指向のままに生きるべきだというものです。同性婚も有りです。
著者は十代前半には自分の性的傾向に気付き、大きな苦しみを負います。福音的な自分の教会では常にアウェイ感をもち、教会の交わりはいつも外から窓の内側を見ている感覚でした。自分の性的指向が変えられることを願いましたが、異性愛になるという感覚は遂に分かりませんでした。一方で別の考え方にも大きな違和感がありました。聖書は明らかに同性同士の性的交渉を禁じており、神の創造の御心に背いているという感覚はぬぐえませんでした。
長い苦悶の末、彼が選んだ道は、自分がゲイであることを受け入れつつも、同性愛の行動をとらないという禁欲の道でした。そこには常に孤独との戦いがあります。けれども彼は、クリスチャンとしての(性と関わらない)交わりに希望を見出します。著者は補遺で、若いうちに独身を選んだ同性愛者の人生はどのようなものになるのか、という問いかけに対して、独身生活を可能にする教会共同体について神学的考察を提示します。後悔のない祝福の人生を送ってもらいたいと心から願いました。