特集 「福音」を土台とするために ~ティモシー・ケラー著作の魅力~ 一冊の本との出会いを通して

ダブルオークロスチャーチ 牧師   木村竜太

 

十年前、私は牧師としてある意味、危機的状況に陥っていました。それまで十年近く仕えてきたカリスマ聖霊派教会を辞めた後でした。牧師の地位から離れ、説教をしなくなり、ミニストリーをしなくなった自分に虚無感を覚えました。

その経験を通して気づかされたことは、「神様に仕える」というミニストリーそのものが自分の存在価値やアイデンティティを形成してしまっていたことでした。私が本来生きるべき完璧な人生をイエスが生きてくださったという“キリストの義”に頼るのではなく、自分の生み出す“良い行い”(パフォーマンス)に頼っていたということです。

その気づきがあってから、私は自分が引き続き牧会をするべきなのか、また一般の職業に戻ることを通して神に仕えるべきなのかを悩んでいました。

正直なところ、牧会を続ける自信すら失っていましたし、また教会を新たに開拓するとしても、それまで経験してきた牧会アプローチや考え方が健康で正しいものとは思えなくなってきました。
それは日本の教会の中には、聖書の教理に沿った牧会形成というよりも、主任牧師のビジョンや、ある国で成功しているメガチャーチのやり方をそのまま日本に持ってきてやっているという、「文脈化」がほぼ考慮されていない教会もあるからです。

サポートを受けている宣教団体からの経済的支援や友人たちの励ましもありましたが、教会を始めるにしても、どのような教会が聖書的に健康な土台であり、また今の日本の時代や東京のある特定地域にしっかり文脈化されたやり方なのかわからずにいました。

そのような状況の中で出会ったのが、『センターチャーチ』という本でした。私は、この本の著者であるティモシー・ケラー氏の説教をオンラインで聞いており、その名前は知っていましたが、この本を読もうとは思っていませんでした。それは、それまで多くの教会形成に関する本を読んできましたがそのほとんどが、ある特定の国や街でその地域で成功したやり方が、あたかもどの地域でも通用するという成功への「隠し味」のように説明されているもので、それらの方法論にはうんざりしていたからです。そして『センターチャーチ』もニューヨークで成功している教会の牧師であるティモシー・ケラー先生の成功事例本のような本だと思い込んでいたからです。

しかし実際、その内容は全く違うものでした。衝撃的なことに、一切の方法論や何が正しい教会なのかという回答すら、ある意味答えてくれませんでした。しかしそれ以上に大切なことを学びました。それは、その答えを自分で考え、神と聖書とに向き合い、見いだす「レンズ(視点/見方)」でした。

『センターチャーチ』で重要視されていることは、私たち牧会者たちがあたり前のように知っていると思っている「福音」を見直すことです。福音をまず個人的に再発見し、自分自身の中にある「ズレてしまっている」福音のレンズを正すことを私自身はこの本を通して体験しました。それはまず、キリストを見るアイデンティティを失っていた私自身の、クリスチャンとしての新たな健康的な自己形成を助けるものとなりました。

そして、その福音の概念を通して、自分自身の使命、教会を建てようとしている地域の特性や需要、それらすべてを超えて、神が“福音”という土台にあって、どのような教会を建てようとしているのかを考えるために必要とされる包括的な視点や要素を与えてくれました。そして『センターチャーチ』の趣旨は、まさしく「考えさせる」ためのものだと気づかされました。

ティモシー・ケラー氏は、本をただの自らの方法論ではなく、さまざまな先人たちの考え方や事例や歴史を聖書の福音の概念というフィルターを通して、論文というかたちで提供してくださっていると感じます。

私は日本において二十年以上牧会してきましたが、多くの日本人牧師やミニストリーリーダーの皆さんと話してきたなかで、私と同じ葛藤や悩みを覚えている人々は多いと感じています。ある意味、日本のクリスチャン界では、ほとんどが「海外の借り物」のようなアプローチをただ真似て、日本人牧師たち自らが、日本という国への福音の文脈化を考えてこなかったのではないかと感じています。

誤解しないでいただきたいのは、海外でのやり方、または宣教方法がすべていけないということではなく、また宣教師の方々や海外の宣教団体の支援が必要ないということでもないということです。むしろ日本人リーダーたちがもっと聖書的に、自分たちの宣教の地に責任をもって、そこに住む人々と共に考えていかなくてはならないのではないか、ということです。『センターチャーチ』は、それらを考えていくために、繰り返し読むべき、必須本だと思っています。

またこの本の特徴としては、世界中でさまざまな宗派の背景の牧師やリーダーたちにも受け入れられ、読まれていることです。

その理由の一つは、やはり宗派を超えて一致できる価値観である「福音」を軸としている本だからです。Cityto City(http://citytocityjapan.com)という世界的ネットワークを通して、多くの先生方と協力関係を持つことができましたが、その多くの方々が、『センターチャーチ』を通して自分を見直し、また自分たちが関わってきた宗派や団体を客観的に見直すことができたという証しが多くあります。

また、それらの経験を通して、つまずいたらただ自分の宗派/団体を離れるのではなく、多くの場合はその自分の「部族」に留まり、聖書的健康さを取り戻し、努力しようという思いが生まれます。宗派を超え、考え方や価値観に違いがあっても可能なかぎり協力して宣教に向き合う姿勢が生まれ、多くの国や地域によって、さまざまな形の福音中心的ムーブメントとして発展しています。

『センターチャーチ』、そして、ティモシー・ケラー氏の作品を通して、読者の皆様が個人的刷新を受けるだけではなく、日本の多くの教会の刷新に繋がることを祈っております。