特集 著者インタビュー 声なき声を届けるために思いがけない妊娠、困難な育児で追い詰められた女性たちを二十四時間体制で支援する「小さないのちのドア」。

この秋、命を守るための奮闘を綴った『小さないのちのドアを開けて』を出版する永原郁子さんに、本に込めた思い、働きについて聞いてみました。

永原郁子
(ながはら・いくこ)
マナ助産院院長、小さないのちのドア代表。
2000年より性教育グループ「いのち語り隊」での活動開始。18年に「小さないのちのドア」を、20年に孤立した妊産婦のための施設「マタニティホーム・Musubi」を開設。
著書『ティーンズのための命のことが分かる本』(いのちのことば社)他

Q1 助産師として、多岐にわたる活動をされていますが、このような活動のきっかけは何でしょうか?

一九九三年にマナ助産院を開業して以来二千二百人以上の赤ちゃんを取り上げてきました。生まれてすぐの赤ちゃんは、まぶしそうに眼を開きます。生まれたところに全幅の信頼を置いているかのような表情です。そんな赤ちゃんの誕生は希望そのものです。一生懸命生まれてきた赤ちゃんが元気に成長して社会に飛び立ち、幸せな人生を歩んでほしいと願わずにはおれません。
しかし、現代の子どもたちは自己肯定感が低く、いのちの軽視、自他の性を大切にできないという傾向があります。十、二十代の自殺の増加や人工妊娠中絶の数に心を痛めます。目を輝かせて人生をスタートしたことを知っている助産師だからこそ語れるメッセージがあると確信し、さまざまな活動に取り組んできました。

 

Q2 「小さないのちのドア」の働きについて教えてください。

思いがけない妊娠や育児が困難で育てることができないと途方に暮れる女性のための二十四時間対応の相談窓口で、電話、メール、LINE、来所での相談が可能です。
妊娠相談は聞くだけでは埒が明かず、二十四時間来所が可能なことは必須と考えますが、このような所はまだ日本ではめずらしいのが実情です。

二〇一八年九月にスタートし、二〇二〇年四月末までに受けた相談件数は一万八千二百二十五件。妊娠したかもしれないといった相談は毎日のように受けます。また人工妊娠中絶後の心の痛みを抱えての相談もあります。妊娠後期にもかかわらず病院で受診していない妊婦や、陣痛が起こってからの相談などを受けることもあります。そのような相談の多くは、行政が対応できない夜間や休日に多く、二十四時間対応の必要性を痛感しています。

Q3 具体的にどのようなケースがあるのでしょうか。

新生児の遺棄事件を未然に防ぐ
昨年末、神戸の元女子大学生が羽田空港のトイレで出産し、殺害遺棄した事件がありました。厚労省が毎年十九歳以下の虐待死の検証結果を報告していますが、十九歳以下で最も多く虐待死する年齢は一歳児以下、その中でも生後0日の殺害遺棄事件が最多で、毎年十数件報告されています。

平成十五年から三十年の十六年間で百五十六人の0歳児が虐待死しており、その加害の九六・二%で実母が関与しています。出産場所はすべて医療機関以外でした。病院の受診歴や行政に相談した形跡はあるものの支援にはつながっていないのです。

小さないのちのドアでは、開所からの三十二か月間で十一人の相談を受けており、それらは新生児の殺害遺棄事件につながりかねないケースばかりでした。全員救急搬送し、いのちを守ることができました。新生児の遺棄事件の報道を耳にするたびに、小さないのちのドアの支援情報が必要な女性に届きますようにと願わずにはおれません。

 

危険を伴う飛び込み出産を防ぐ
大阪産婦人科医会の二〇一六年の調査では一年間七万件の分娩のうち二百二十八件が飛び込み出産との報告があります。未受診妊婦は全国平均〇・四四%であり、年間約八十七万人の出生数のうち、約三千八百二十八人の未受診妊婦がいることになります。

小さないのちのドアで受けた妊娠後期の未受診妊婦からの相談のほとんどは、母子手帳が未交付で、健康保険も失効していました。しかし、相談してくださることで、行政の支援につなげ、病院の受診も可能となります。また特別養子縁組の可能性を伝えることで、お腹の赤ちゃんを邪魔者扱いにせずに、妊娠出産に臨むことができます。

 

無戸籍乳幼児を作らない
昨年、東京の台東区で生後三か月の女児が十六時間放置され死に至る事件が起こりました。母親は働きに出かけていました。母親は自分で出産し、出生届を出さなかったため、女児は無戸籍で行政の支援を全く受けていませんでした。日本には無戸籍者が一万人以上いると言われています。
小さないのちのドアでは、DVや不倫、借金などさまざまな事情を抱えた妊婦の相談を受けており、顧問の弁護士などの専門家に相談させていただき、解決策を見出し、無事に出産に至っています。無戸籍児になっていたかもしれない相談も多々お受けします。

 

頼る人がなく住む家がない妊婦さんに温かな支援を提供する
どんなに気丈な女性でも妊娠すると、労働基準法により就労ができなくなります。パートナーに頼ることができず、また実家が虐待家庭などで頼ることができなければ、貯蓄を切り崩し、友を頼るしかありませんが、それにも限度があり、ネットカフェや漫画喫茶、路上で暮らさざるを得なくなります。二〇一三年に三宮のコインロッカーに新生児を遺棄した妊婦も、ネットカフェで暮らしていたと報じられていました。

小さないのちのドアでは、頼る人がいない妊婦のための「マタニティホーム・Musubi」を建築し、二〇二〇年十二月五日から入居を受け入れています。これまでに十人の妊婦さんが利用されました。どの方も入所時は大変つらい状況で来られますが、ホームで暮らしている間に笑顔になり、前向きに人生と向き合うようになります。この間に出産し、体が回復する一か月以降から、就職支援や住まい探しをお手伝いします。相談から生活支援、出産と産前産後のお手伝いから自立支援と関わっているうちに心が通い合い、実家のない方々に新たな実家と思ってもらえるような関係を構築できるようにと願っています。

 

安易な人工妊娠中絶からいのちを守る
令和元年の人工妊娠中絶の届け出総数は十五万六千四百三十人(四百三十四・五人/日)。その半数以上が十~二十代です。中絶は不妊や異常妊娠出産の後遺症が心配されるだけではなく、中絶後七〇%の人が罪悪感を持つ(二〇一六年・厚労省の共同調査)と言われており、自尊感情や母性をも損ないかねず、将来の子育てへの影響も危惧されます。

私たちの調査では妊娠初期の中絶相談のうち、半数近くの妊婦が中絶から妊娠継続へと気持ちが変わりました。相談し、問題を解決することによってお腹に宿ったいのちを大切にする選択が可能なのです。出産後は特別養子縁組でいのちを託した方、状況を整えて自分で育てる方、とそれぞれですが、皆さん産んだことで大変前向きになられます。いのちを守ることの祝福を目の当たりにします。

相談スタッフは助産師、保健師、社会福祉士、臨床心理士などの国家資格を有するクリスチャンが携わっています。生活支援員も全員クリスチャンです。祈りながら働き、働きながら祈る毎日です。「まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです」(マタイ25・40)。このみことばを心に刻み、小さないのちのドアが開くのを日々待っています。

 

Q4 この秋に著書『小さないのちのドアを開けて』が出版しましたが、タイトルにある「小さないのちのドア」に込められた意味、また、出版に込めた思いをお聞かせください。

この「小さな」という言葉は「いのち」につながっていると思われるかもしれませんが、実は「ドア」につながります。もともと「小さなドア」とネーミングしようと考えていました。このドアは普通のドアとは違い、人に見られずにそっと入って来られるドア、身をかがめるようにして入ってくる人にとってちょうどのドアというイメージです。赤ちゃんポスト(ベビークラッペ)が百か所ほどあるドイツを訪問した時に、ふと浮かんだ言葉でした。

その九か月後にこの働きをスタートさせたのですが、「小さなドア」ではドアの役割が伝わりにくいと考えて、いのちを加えて「小さないのちのドア」となりました。

その思いのとおり、本当に困り果て、途方に暮れた様子の方々が何人もこのドアを訪れました。いのちをお腹に宿して(または胸に抱いて)助けを求めて来られるのです。私は助産師ですので、お困りの方々のすぐ近くにいたはずなのですが、ドアを開くまで、これらの方々が見えていませんでした。この声なき声を社会に届けることも私たちの使命と考えて、小さないのちのドアが経験してきたことを本にまとめることにしました。

新生児の殺害遺棄事件などが報じられると、女性が非難の的になります。しかし、そうならざるを得なかった事情が複雑に絡んでいます。それをできるだけわかりやすく伝えるために、また身近に感じていただくために、相談事例を漫画にして紹介することにしました。また正確な知識や情報をお知らせしたいと思い、相談内容に関連するコラムも収録しました。

たくさんの方々に読んでいただき、まずは現状を知ってもらいたい。そして赤ちゃんを宿した女性が守られる社会に、また中絶大国といわれる日本にあって、胎児も社会の一員として大切にされる国になりますようにと祈っていただきたいと願っています。

Q5 読者の方へのメッセージをお願いします。
「事実は小説より奇なり」という言葉がありますが、もしドラマにしたらこれはやりすぎだと言われそうな事情を抱えた方が、小さないのちのドアを訪ねてこられます。想像を絶するような過酷な成育歴や信頼していた彼の裏切りなど、つらく、悲しい状況に耐えてドアを訪れる方々に、神様が触れてくださるようにと祈らざるを得ません。

またこの働きを進めていくうえで、これまでに大きな壁の前で立ち尽くしたことが幾度となくありましたが、そのたびに「これは主の戦いである」とのみことばをいただき、乗り越えてきました。乗り越えた先にはさらに素晴らしいことが用意されている、ということも経験してきました。

経済力も政治力もなんの力もない私にとって、主が働いてくださることだけが道しるべであり、活動の原動力です。私たちスタッフができることは、ただ主にあって一致することです。しかし、そのスタッフの一致を阻止する力が働いてくるのです。信仰を強め、祈りによって霊の戦いに勝利することを願う毎日です。

どうかこの本を通してドアの働きを知って、皆様の祈りに加えていただき、祈りによる励ましと応援をいただくことができましたら幸いです。お読みくださった皆様に、主の大いなる祝福が豊かにありますように、感謝を込めて。

9月新刊
『小さないのちのドアを開けて
思いがけない妊娠をめぐる6人の選択』
永原郁子
西尾和子 著
のだますみ 漫画
A5判・216頁 定価1,870円(税込)

 

光、あれ
デザイナー/漫画家・『小さないのちのドアを開けて』漫画執筆
のだますみ

「受精の瞬間、受精卵となった卵子は光を放って輝く」(『小さないのちのドアを開けて』コラム

1「妊娠の話」より)のをご存じですか?

永原郁子先生からこのことを教えていただいたとき、私は感動に心が震えました。目には見えない体の内側で、こんな驚くべきいのちの神秘の瞬間がもたれていたなんて。それは創造主なる神様がこの宇宙を造られた最初の場面を彷彿とさせます。

「神は仰せられた。『光、あれ。』すると光があった。」(創世記1・3)

本の制作が始まった当初、物語にする女性たちの体験事例を読んで血の気が引いたのを覚えています。中学生の妊娠、風俗、不倫、DVに妊娠中絶……。あまりにショッキングでした。はたして私にこれを描ききることができるのだろうかと……。
施設長の西尾和子さんに取材をし、永原先生に確認していただきながら始まった漫画制作。モデルとなったご本人に直接取材させていただいたものもあります。二十四時間体制で、女性と小さないのちのために奔走しておられるお二人が、想像を絶するご多忙の中におられるのを肌で感じながらの制作でした。
描きながら、私自身がこの女性たちの人生を追っていくようでした。戸惑い、焦り、孤独、怒りと涙、大きな喪失、小さないのちに襲いかかるもの、絶望の中で出会った、あたたかないたわり……。
「誰にも頼れない。行き場はない。」そう思っていた彼女たちが出会ったのが小さないのちのドアでした。

「わたしはあなたとともにいる。あなたを見放さず、決して見捨てない。」
この神様の愛のメッセージが体現されている小さないのちのドア。女性たちは本当の愛に触れ、解放されていきます。それはまるで寄る辺のなかった彼女たちの人生の暗闇に、神様からの「光」が差し入れられたかのようでした。
今この瞬間にも、いのちを宿し孤独に追い詰められている女性たちがきっといるでしょう。そんな女性たちに「小さないのちのドア」の存在を知ってほしい、希望と出会ってほしい。その一心で描きました。
世界にたった一人のかけがえのない女性と小さないのちに、光があるように。