特集『グッド・モーニング・トゥ・ユー! ケニアで障がいのある子どもたちと生きる』

著者 公文和子さん 

 

ケニアにある障がい児施設「シロアムの園」の園長として、障がいを持つ子どもたちと家族の支援に奮闘してきた小児科医・公文和子さん。支援の開始から七年目になる今年、これまでの歩みを綴った手記『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』を上梓した。

誰かのために生きてみたい
幼い頃、型にはめられるのが嫌いな子どもだった。幼稚園で、みんなと同じ制服を着て同じことをさせられるのが不満だったという強者である。困った母が、当時通っていた教会の牧師夫人に相談したところ、教会付属で自身が園長を務める幼稚園に誘ってくれた。

初対面のときに、園長が「この子、おもしろい子ね」と愛情たっぷりに受け止め、その後も個性を最大限に尊重してくれたことが、後に自分が「一人ひとり違って、誰もが大切」という理念を持つ土台になったと、公文さんは思っている。

クリスチャンホームに生まれ、キリスト教主義の幼稚園に通い、聖書のお話を聞くのが大好きだった公文さんは、中でも特に、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません」(ヨハネ15・12~13)というみことばと、そのみことばのとおりに自分の命を人にささげたクリスチャンたちの話に、激しく心を揺さぶられた。

自分もそんなふうに、誰かのために生き、誰かのために死ぬような人生を送りたいと願うようになった。

高校を卒業すると医大に進み、医学生時代に訪れたバングラデシュで出会った子どもたちの目の輝きに心を奪われた。この子たちは「支援したい」相手ではなく、「共に生きたい」相手だと確信し、専攻を小児科に決め、一九九四年、小児科医になった。

挫折と不完全燃焼
日本で六年間の臨床経験を積み、イギリスでさらに熱帯小児医学も学び、内戦が続いていた西アフリカのシエラレオネに向かう。

しかし、そこには公文さんの予想を超える厳しい現実が待っていた。「野戦病院」さながらに、ベッドも薬も医師も足りないという環境で、子どもたちが次々に亡くなっていく。自分が赴くことで多少なりとも人を救えると思っていた自負は粉々に砕け、無力感にさいなまれる中、心も体も病み、やがて原因不明の熱が続いてドイツに緊急搬送されてしまった。

その後、療養とカウンセリングで心身ともに少しずつ回復していった公文さんは、二〇〇二年の暮れ、国際協力機構(JICA)のエイズ専門家としてケニアに派遣された。しかし、ケニアでJICAやほかの国際NGOの仕事を八年間続けながら、公文さんの中には次第にあせりと疑問が膨らみ始めていた。

どの仕事も、すでにあるものを上塗りしているだけのようで、手ごたえが感じられない。「友のために生きたい」と日本を離れて十年になろうとしているが、その「友」とは誰で、自分は何をすればいいのか。

すべてが空回りするようで、「祈っても意味がないと感じる」と、ケニアで通っていた教会の日本人牧師夫妻に泣きついた。牧師夫人は、「そのあなたのために、私は絶対に意味があると思って祈り続ける」と言ってくれた。

その祈りに支えられる中で、次第に、自分は医者として人の命を救おうとしていたが、命とは神様のものであり、医者も神様に用いていただいて初めて、その命に関わることができるだけのことなのだ、と肩の力が抜けた。すると逆に、力を得て前進できるような気持ちになった。

 
やっと出会えた友
その後の公文さんの進むべき道を示してくれた出会いは、とてもささやかで、それでいて決定的なものだった。二〇一〇年から働き始めた小さなクリニックに、ある日、やってきた重い脳性麻痺の少年の素晴らしい笑顔に、公文さんは胸を衝かれた。そしてその後、遠くから公文さんを見かけた彼が満面の笑顔を向けてくれた瞬間、心の中に「私の友になりなさい」と言うイエスの声を聞いた。ハッとして見回すと、リハビリ室にいるすべての子どもたちの中にイエスがおられることを感じた。

「私に友となるべき人をお示しください」という長年の祈りが応えられたことを悟った公文さんは、ケニアで障がいのある子どもたちと共に生きていこう、と一瞬のうちに決意した。

ケニアでは、障がい児が生まれると、それは親の罪のせいだと見なされたり、伝染することのない病気でも伝染すると誤解されていたりするため、家族は障がいのある子どもを家に閉じ込め、隠すようにして育てる傾向が強かった。

そのような子どもたちと接する中で、公文さんの中には、その子たちのために願うことのリストができあがっていった。

*子どもたちが、他の子どもたちと一緒に過ごせる空間がほしい。
*子どもたちが障がいによって制限されていることが、もう少しできるようになる医療や教育を提供したい。
*障がい児の家族が、自分の子どもについて理解を深め、必要なケアができるようになるサポートをしたい。
*障がい児の家族の経済を安定させ、子どもに対する適切なケアを持続させたい。
*この子どもたちとその家族が地域に受け入れられ、大切にされるようになってほしい。

しかし、これらの願いを共有してくれそうな既存の団体はケニアにはなかった。ないのならば、ゼロから自分で作るしかない。途方もない事業を始めようとしている気がしたが、これが神様の御心にかなったことならば、神様が成し遂げてくださるだろうという確信もあった。そして、事実、この「野望」は実現したのである。直接の知り合いでもないのに、思いがけないほどの献金をしてくれた人も含め、多くの支援者に恵まれ、二〇一五年一月、障がい児支援事業「シロアムの園」の働きがスタートした。

 

「共に生きる」が人を変える
シロアムの園では、通ってくる子どもたちが必要としていることを一緒に考え、それを一緒に追い求める。具体的には、個々にあったリハビリや摂食指導、医療・教育・社会的サポートなどだ。こうしたものを提供されると、子どもたちもその家族も、目を見張るような変化を遂げる。

たとえばある母親は、背骨が大きく変形し、食事をさせることも困難な娘を、最初は「引き取ってほしい」という理由でシロアムの園に連れてきた。しかし、他の母子が摂食訓練をしているようすを目にすると、彼女の表情は一変し、食い入るようにそのようすを観察した。

最後には「うちの子は、ここでほかの訓練も受けられるのか」と聞きにきて、それ以来毎週熱心にシロアムの園に通うようになった。そして、娘に適した流動食を与えるためのブレンダーを、半分はシロアムの寄付によって、残りの半分は一年以上に及ぶローンを組んで自力で娘のために購入した。

「家族や親族の重荷であり、不幸を招く者」と見なされがちな障がいのある子どもたちの中には、シロアムに来て初めて誕生日を祝ってもらったという子も少なくない。それまで、誰にも喜ばれずに生きてきて、最初はまったく表情がなかった彼らも、シロアムで「一人の大切な子ども」として向き合ってもらっているうちに、固いつぼみがほぐれるように、あるとき花を開かせる。

一年以上無表情だった子が、ある日突然、「ふっ」と小さく笑ったり、誰とも目を合わせなかった子が呼びかけに応えて、目を見て腕の中に飛び込んできたり、乱暴なことばしか口にしなかった子が、自分より小さい子の面倒をみるようになったりする。時間をかけて、嬉しいこと、好きなこと、驚いたことを伝えてくるようになるのだ。そういう一つひとつの変化は、その子の親のみならず、いつも同じ場にいて見守っていた他の子の親にとっても、スタッフにとっても、湧きあがるような喜びとなる。

あるスタッフは、一人ひとりの子どもが目指すべき目標は、「歩けるようになる」、「手で物をつかめるようになる」といった「何かができるようになる」ことだけでなく、むしろそれ以上に、「生きている喜びを見出す」ことなのだとわかった、と語った。暗い色の服ばかり着ていた母親が、明るい色の服を着て笑うようになり、子どもに関わることの少なかった父親が、「うちの子どもの笑顔は世界一だ」と言うようになる。

障がいのある子どもが、家庭を不幸にするのではない。障がい者とその家族を切り捨て、そのニーズから目を背ける社会が不幸を生むのだ。共に生きてくれる人と、ニーズを満たす社会があれば、ささいなことが本当に大きな深い喜びとなる世界があることをシロアムの園は実証している。

『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』
公文さんはこのたび、シロアムの園設立に至る経緯や、そこでの日々、これからのビジョンを綴った本『グッド・モーニング・トゥ・ユー! ケニアで障がいのある子どもたちと生きる』を出版した。

その第八章は、「相模原障がい者施設殺傷事件から思うこと」となっていて、この事件の犯人が「重度障がい者は周りを不幸にする。生きていないほうがいい」と言った事実と、ネット上でそれに同調する人々が少なくなかったという現実に対する考察、提言をしている。

この章だけを読めば、「そのとおりかもしれないが、いささかきれいごとすぎる」との感想をもつ読者もいるかもしれない。しかし、たくさんの具体例が挙げられている七章までを読んだあとなら、それが現実に基づく説得力をもつものであることに気づかされる。

『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』は、「ケニアの障がい児についての本」にとどまらない。命についての本であり、愛され、共に生きてくれる人がいると人は変わるということを教えてくれる本であり、現代社会に生きる自分の「友人」は誰なのかを問いかけてくる本でもあるのだ。

【プロフィール】
1968年、和歌山県に生まれる。
88年に北海道大学医学部入学。94年、小児科医として働き始める。02年からケニアで仕事をし、15年、障がい児とその家族のためのキリスト教主義の施設「シロアムの園」を設立。すべての命は神が美しく造られたという思いのもと、隣人として子どもたちを支えるその働きは、支援の輪を広げつつ、継続されている。
2021年現在、ナイロビ郊外の土地に新しい施設を準備中である。

 

『グッド・モーニング・トゥ・ユー! ケニアで障がいのある子どもたちと生きる』
公文和子 著
四六判 定価1,650円(税込)
小児科医としてケニアで障がい児支援施設「シロアムの園」を創設した著者。「不幸を招く厄介者」と見られていた子どもたちがニーズに合ったケアと愛情を受けると、その子にも親にも笑顔がこぼれ始めた。黙殺されていた命が輝き始めた瞬間だった。命を値踏みする社会に鋭く問う1冊。

 

障がい児支援事業「シロアムの園」について
ケニアの障がい児たち一人ひとりがかけがえのない大切な存在として認められ、地域や家族の中でみんなに愛され命が輝きますように、その命がまた皆を照らす社会になるように。そんな願いを込めてシロアムの園は活動を続けています。

「シロアムの園」への支援
シロアムの友の会を通して
シロアムの園は、「NPO法人シロアムの友の会」の支援を受けています。シロアムの友の会の会員になっていただくことで、継続的にシロアムの園にご支援いただけます。(年会費1,000円)

*活動資金のご寄付
シロアムの園の活動に賛同していただける方のご寄付は、金額・時期にかかわらず、随時「シロアムの友の会」および「シロアムの園を支える会」を通して、お受けしております。

*物品の寄付
軽量の特別支援教育・リハビリなどの教材や医療機器、製造後8年以内で条件のいい患者送迎用車輌など
(輸送や関税の関係で、お受けできないものもあるので、ご相談ください。)

*技術協力のパートナー
障がい医療・リハビリ・特別支援教育などの分野で、スタッフや施設の能力強化のボランティア、アドバイスなど。

*家族会との交流パートナー
障がい児の家族会などで、手紙や訪問などの交流が可能な団体や個人など。