書評Books 字幕のウラに聖書あり!

児童文学作家・翻訳家 小松原宏子

 

『字幕翻訳 虎の巻 聖書を知ると英語も映画も10倍楽しい』
小川政弘 著
A5判 1,600円+税
フォレストブックス

『ミッション・インポッシブル』『燃えよドラゴン』といったアクション映画、『エデンの東』のような古典的名作、スピルバーグのSF作品『A・I』、コメディー『ニューヨーク眺めのいい部屋売ります』、そしてパニック映画『ディープ・ブルー』まで……すべての映画字幕のウラに聖書の知識あり、と聞くと誰もが驚くことだろう。
けれど、「あの人たち」(=欧米人)にとってセリフの中にキリスト教文化が含まれているのは常識以前。全六十六巻の聖書からの引用はもとより、聖書を起源とする格言やことわざ、言い回し、果てはダジャレに至るまで、聖書と英語と映画は切っても切れない関係なのだ。この本には、そんな事情が余すところなく書かれている。
じつは、私もこのことを本にしようと目論んだことが一度ならずあった。キリスト教や聖書を知らないばかりに誤訳や苦労をしている翻訳者仲間がゴマンといるからだ。翻訳学校で講義をすれば、「ジョンってヨハネなんですよ」って言っただけで感心してもらえる。しかもそこは映像翻訳専門の学校なので、字幕という究極の文字制限のなかで、いかに日本人にそのあたりの言葉の綾を伝えるかという話となれば、伝えたい知識や技術はてんこもり。
さらに、字幕翻訳者泣かせのネタは一般の映画ファンにとってはそれこそ「10倍楽しい」ネタにちがいない。これは翻訳者のたまごにも、一般の読者にも、絶対売れるのではないか♪
……と、思っているうちに先を越された。
しかも越され方が尋常ではない。相手は元ワーナー・ブラザーズの映画製作室長で、信仰歴も私の年齢に相当し、神学校まで卒業しているプロ中のプロ。最強の「字幕誤訳バスター」クリスチャンなのである。脱帽するのも畏れ多い。
というわけで、悔しがる前にすでに翻訳仲間に薦めていた私。「指を入れてページを開き、この手でめくってみなければ信じません」という方はぜひご購入を。巻末の映画リストだけでも圧巻です。