315 時代を見る眼コロナ禍の現場から〈3〉コロナ禍で心を保つ

MACF牧師・カウンセラー 関根一夫

 

コロナ禍の中で「漠然と不安を感じる」ことは、きわめて正常だと思います。
でも、その不安が増大しすぎると心の中にブレーキがかかり、身動きが取れないような感覚が強くなってきます。どのように心を保てばよいのでしょうか。

生きていることへの感謝
まず、「今、私は生かされている」という自覚が大切です。人間は神さまの息の吹きかけによって生命を得ました。そのことを感謝すること。
そして、自分のいのちを守るための方法を考え、丁寧に実行すること。その際、「不安を感じている自分」について自分を責めることをせず、自分の状況を神さまにそのままお伝えする必要があります。自分を客観化して、神さまに知っていただけると気持ちが楽になります。
そのための手段のひとつが、「祈り」です。

他者、動物、植物へのケアの心
神さまが人間に託した役割のひとつは、「地にあるすべての生き物をケアする」ことにありました。
他の人たちも、動植物も、どうしたら「生きやすく」なるだろうという配慮を持つこと。自分だけではなく他の「いのち」への関心を持てると、自分だけの悩みから解放され、人間本来の喜びが心に育ちます。
「神さま、あの人の存在を感謝します」とか「神さま、こんなにきれいなお花を咲かせてくださり、見せてくださってありがとうございます」と存在を神さまに感謝できるとき、「思い煩い」から解放されています。
誰かのために、何かのために少し心を向け、支援的な作業ができるとずいぶん元気になれます。

健全なよそ見
周囲の花、鳥、動物などを意識的に「しっかり見直す」こと、あるいは「主の祈り」などを頻繁に口にしてみること。
「コロナ禍」に端を発した「問題」を「自分のボス」にしないで、別のものに自分の心を向けるのです。気分転換はそのための作業です。問題に心を支配されないためには、この作業が大事です。前向きに進むための健全なよそ見です。

「神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。」(創世2・7)

 

次のページへ