書評Books 「誰かに対するいてくれてありがとう」の具体的な表明

シンガーソングライター 岩渕まこと

『いてくれてありがとう
介護家族の話をひたすら聴き続けた牧師が伝えたいこと』
関根一夫 著
B6変判 1,400円+税
フォレストブックス

「関根先生と話をしていると『でも』って言わない。必ず一度は話を受け取ってくれる」とは妻のことば。この本を読んで、それは関根先生が優しいから、クリスチャンだから、牧師だから……ということだけではなく、カウンセラーの現場を通して得た「在り方」なのだなと思いました。

一章には臨床美術(リハビリプログラム)の黎明期のことが書かれてあります。そこには「そもそも、認知症の家族を抱えて一緒に苦労している家族の痛みや苦しみが、私にわかるはずがない」という正直な葛藤が吐露されています。「人は聴いてもらうことで自分自身で回答を見つけ出している」とも書かれ、カウンセラーとして答えを提供しようとしていた自分は「高慢だった」と記されています。

四章では「いてくれてありがとう」のルーツである、機能論的人間観と存在論的人間観について触れられています。機能論的人間観とは、人を能力、学力、技術などで評価する価値観。存在論的人間観とは、存在そのものが尊いという価値観です。存在論的人間観を身近に表現したことばが本書タイトルの「いてくれてありがとう」なのだと言ってよいのかもしれません。読み進めるうちに、私は自分自身の在り方や信仰の持ち方を振り返ることになりました。そして自分は無意識のうちに機能論的人間観の下で考え、行動していることがあるなあと自覚させられました。

六章には介護家族のつぶやきが紹介されています。ご主人を介護されている方の娘さんが、「お父さんが何をするか、何を言い出すかわからないから結婚式は止めにするわ」と泣きながら言ってきた。それを聞いたお母さんが「私も一緒にワーワー泣いてしまいました」と。現実は過酷で、ヒューマンドラマではすみません。「キリストの十字架は自分のための苦難ではない。それは自分に託された他者のための苦労を担うことにもつながるので、『十字架を背負う』とは『誰かに対するいてくれてありがとう』の具体的な表明でもある」と関根先生は語ります。

『いてくれてありがとう』は介護の現場におられる方はもちろん、信仰者の在り方にまで届く良書です。