自然エネルギーが地球を救う 最終回 水の力―暴れる水とどうつきあうか

牛山 泉

日本は降水量の多いアジアモンスーン地帯の北限に位置し、中東や地中海沿岸地方のように水資源が不足することは少ない一方、台風と集中豪雨で各地に大きな被害が出ることが多い。日本列島は狭いうえに、その七割が山岳丘陵地で、日本列島の真ん中には脊梁山脈が走っているから、川は急流で海までの距離が短い。平野部はわずか三割にすぎず、かつてそこは洪水の恐れのある湿地帯であった。  豪雨、台風、雷雨などによる多量の降雨が原因となって生じる災害を「水害」と呼んでいる。川の水が溢れる「洪水」、家屋や店舗などが水浸しになる「浸水」、田畑や作物が水浸しになる「冠水」、土石流、山崩れ、がけ崩れなどの被害がこれに含まれる。
洪水発生の一番の原因は豪雨である。日本は、夏の台風や梅雨をはじめとして、低気圧や前線に襲われることが多く、一時的に大量の雨が集中することになる。また、日本では宅地開発の進行も洪水を誘発しやすくしているといえる。森林や水田は雨水をいったん蓄えて少しずつ川に流すという効果を持っているが、森林や水田が宅地に変わることによって、水を蓄える役目がほとんどなくなる。地面が建物や道路の舗装面に覆われて、雨水が地下に浸み込むことができなくなると、降った雨のほとんどが短時間で川に流れ込み、洪水を引き起こすのである。対応策としては、防災調節池で雨水を貯留したり、浸透施設により雨水を浸透させたりしている。

地形がなだらかで雨が穏やかに降る地域では、降った雨は大部分がいったん地中に浸み込んで地下水となり、ゆっくり川に流れ込む。そのため川の水は、雨が降っている時でも降らない時でも同じように流れている。ヨーロッパの川はほとんどがこのような川である。アメリカのミシシッピ川や中国の黄河、あるいはブラジルのアマゾン川などの大陸の大河は、水源から海まで何か月もかかって流れる。
一方、日本の川は、日本列島の中心の脊梁山脈から、川の水は急な斜面を流れ下ってきて、一気に海に流れ込むことになる。日本の川では雨が降ると川を流れる水の量は一挙に増え、急流となって数日でその大部分が海に戻ることになる。したがって、大量の雨が降ると洪水の恐れが一挙に高まる。一方、雨が降らないと渇水になる恐れもあるわけである。ヨーロッパの川を見慣れた人にとっては、日本の川は流れが急であることから、明治時代にオランダから日本にやってきた、お雇い外国人技師のデ・レーケは「日本の川はまるで滝のようだ!」と言った、という話が伝わっているほどである。

この急流の勢いを抑えたり、山に降る一時的な豪雨により山の土砂が渓流に流れ込んだ時に、これを抑えるのが砂防ダムである。日本には十七万か所以上もの土砂災害危険個所があり、土砂災害は天然林に比べて樹齢二十年以下の人工林では特に崩壊が起きやすいと言われている。豪雨時の土砂を含んだ濁流にはすさまじい力があり、巨大な岩をも流してしまう。岩がそのまま流れ下ってゆくと勢いがついて、流域の橋を破壊したり、下流の住宅地に被害を及ぼすことになる。土石流が危険なのは、流れに乗った土砂や岩がどんどんエネルギーを増してしまうからで、これを防止するために砂防ダムは同じ流域にいくつも造られることが多い。こうして、何度も土砂や岩のエネルギーを減殺し抑制することによって下流での被害を防ぐわけである。つまり、砂防ダムは治水が目的のダムなのである。このほかに水力発電用や農業用水確保のためのダムもある。

意外なことであるが、あの東日本大震災の時に、東北の各地は震度七や六強という激しい地震に見舞われたが、壊れたダムは皆無であった。地震国日本では、明治以降も頻繁に大きな震災があったにもかかわらず、全国に何千とあるダムが壊れた例はない。鉄筋の入った超高層ビルや高速道路の高架、橋梁などは、いかに強固に見えても時間とともに小さなひび割れから侵入した水により鉄筋が錆び劣化して壊れるのに対し、ダムのコンクリートには鉄筋がないために劣化がなく、ダム全体が地下の岩盤と一体化した天然の岩のようになっているからである。
旧約聖書に「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る」(イザヤ30・15)とあるが、過去の日本の土木技術の実績を振り返って、謙虚にこれを実践することが重要である。

◎本連載は今回をもって終了します。これまでの連載に火の力・生物の力・化石燃料の限界・核の力・持続可能なエネルギー管理などを書き加えた単行本を二〇一八年に出版予定です。