高校生のためのエッセイ
永遠志向 第6回 苦しいのはイヤだ

荒井恵理也
高校生聖書伝道協会(hi-b.a.)スタッフ

 高校生の悩みって、理解するのが本当に難しいですね。悩みの内容を知ることができても、本人が感じている苦しみの深さを理解することは難しいのです。大人からすると「そんなことくらいで悩むな」とか「社会に出たらそんなもんじゃないぞ」とか思うし、実際そうなのだけど、本人にとっては生活のすべてを左右する事態に思えるんですよね。きっとそれはその純粋さゆえ、苦しみを真正面から受け止めてしまうからなのでしょう。

 『苦しみを通して神に近づく』という本を読みました。「自分の受けている苦しみは、キリストの苦しみにとうてい匹敵するものではないが、それでも自分にとっては最大の苦しみである」と書いてありました。たしかに自分の経験する苦しみや恥なんてキリストの十字架に比べるのもおこがましいほどだけど、自分が耐えがたい苦しさを感じていることもやはり事実なんです。

 周りにいる大人は、すぐに解決や助けを与えてくれないかもしれません。それは、「私たちは苦難や困難や試練を、生活の至るところで経験する。それは生きることの一部である」ということを知っているからです。苦しみをなくそうとする努力は自分の生の否定です。だから賢明な大人はあなたを見守るのです。〝おわりに〟で「困難や試練や課題がなくなることだけを求めて神に関わっていると、神が私たちに示してくださっている大切なことを見失ってしまう。それは、キリストの苦しみである」と著者は言います。〝苦しいのはイヤ〟それが本音だけど、せめてその中でキリストの苦しみに目を向けさせられたなら、あとになってそれをよしと言える者になっているのかなって思います。

 高校生のみなさん。あなたが今持っているその純粋さはすばらしい。それは、今の時代だけの特別な恩恵で、大人になったら失われてしまうかもしれません。でも今の時代にしかない純粋さをもっているからできた経験や感覚、また信仰は、財産となって、あなたを永遠に助けるでしょうし、永遠へと向かわせるものです。多くの人が永遠へと歩み始めるこの世代を、ぼくは応援しています。