時代を見る目 172 牧師のメンタルヘルス (1)
牧会事例研究を通しての自己吟味

堀 肇
日本伝道福音教団・鶴瀬恵みキリスト教会牧師 ルーテル学院大学非常勤講師

 牧師や伝道者が常に自己吟味しなくてはならないことの一つは、関わる人たちとの関係が真に良好なものであるかどうか振り返ること、取り分け牧会配慮(パストラルケア)に至っては、出来れば定期的にコミュニケーションの在り方を検討することが必要ではないかと思います。

 私は現在、ある教団と超教派の牧会事例研究会で講師として奉仕させていただいていますが、回を重ねるごとに、これが牧師の継続教育に不可欠なものであることを痛感させられています。検討される牧会事例は牧師と信徒や信徒同士の人間関係、さらに家族や友人との関係を巡る諸問題など実に多様です。その多くは現代人の複雑な心の世界を反映し、様々な精神症状や問題行動を伴っています。病理度が強く精神科を受診している方々のケースも多々あります。

 研究会では牧会者と被牧会者との間に交わされた会話記録が提出され、両者のコミュニケーション過程(あるいはカウンセリング過程)が分析・検討されます。語られた言葉は適切であったか、言葉に表現されていない気持ちや感情(隠された感情)などを十分に拾うことができていたかなど、参加者の質問やアドバイスを受けながら自分のケアや対応を細かく振り返ります。当然のことですが霊的、神学的な考察も加えます。

 こうした事例検討から得られる収穫は、単に牧会配慮の技術だけでなく、何よりも牧会者が自分自身(自分の姿)を知ることになるということです。他者の心の防衛や抵抗には敏感なのに自分の防衛や相手の心の読み違いなどに気づいていないことが分かってくるのも事例検討の恵みです。このような自己洞察や新たな気づきが起こることに心理的抵抗を感ずる人もあると思いますが、牧会者はここを乗り越えなくては人に深く関わるということは危険でさえあると、私には思われてならないのです。自分の心をよく知らないで他者の心の内奥にある悩みに手を差し伸べることは難しいのです。

 ただ牧会事例研究は広く行われていないので、私は取り敢えず回想を奨めています。普段の人間関係を回想し、頭と心に刻まれたそれこそ「会話記録」を丁寧に振り返る。これを黙想しながらやってみると「どこから落ちたかを思いだし」(黙示録2・5)、新たな気づきを得ることができます。いずれにしても、牧会者は厄介な自分の心の最深部をよく知っているということが、複雑な悩みを抱えて教会に集う人々の魂のケアの前提条件ではないかと思うのです。