ブック・レビュー 新約聖書神学へのプロローグ


西岡義行
東京ミッション研究所総主事・東京聖書学院教頭

『受け継がれた福音のバトン
―新約聖書における
「ケリュグマ」』
中島真実 著
B6判 1,800 円+税
いのちのことば社

新約聖書に一貫して流れる大切なメッセージを、神学的な深みを持ちつつ分かりやすいことばで捉えたいと願う方々にとって、実にありがたい著作が出版されました。その「分かりやすさ」の背後には、本書の著者が所属する教団の機関誌への連載がありました。書き手に大きな制約となる文字数の制限や読者層の広さにもかかわらず、複雑で豊かな内容を持つ新約聖書の各書の中心部分を射抜き、現代人のことばに端的にまとめられていることは、驚きです。
著者の中島氏は、日本では南山大学、東京聖書学院、神戸ルーテル神学校で学んだ後、さらに渡米してイースタン・メノナイト神学校やシカゴ・ルーテル神学大学院(Ph.D.組織神学)で学ばれ、現在は、教会を牧会しつついくつかの神学校で教えておられます。聖書を愛し、主を愛し、教会を愛する者ならだれでも分かる、深遠なる新約聖書神学へのプロローグとして心からお薦めします。
さて、本書は、新約聖書に貫かれている中心的使信を歴史の流れの中でダイナミックに捉えています。聖書学では、えてして各書巻を文学的ジャンルやそれらが成立した歴史的、社会的状況の違いに着目して各書を別々に扱い、全体を一望する視点が失われる傾向にあります。しかし本書は、一貫して流れているメッセージを、その個々の多様性を犠牲にすることなく見事に浮き彫りにしているのです。しかも、聖書の順番というよりも、当時の神の民の実際の歴史の中で、何が受け継がれてきたのかということを、共同体のアイデンティティーという内側からの視点も織りまぜ、複眼的に見ています。木を見て森を見ずではなく、森を見つつ木を見、それらに命を与える水脈にまで掘り下げているのです。
しかも、聖書を学ぶ旅が楽しくなるように、随所に工夫が凝らされているところに、牧会者としての配慮がうかがえます。旅をするキリスト者の群れを牧する者がその現場でみことばに取り組みつつ書いたからこそ響いてくる何かがあります。きっと読む者が、福音のバトンを委ねられた喜びとその使命に心が燃えることでしょう。