ブック・レビュー 『「べてるの家」から吹く風』

『「べてるの家」から吹く風』
前田ケイ
ルーテル学院大学大学院 教授

病気のおかげで自分と人を助けることを学んだ当事者の風が吹く

  この本は、約二年間にわたって本誌で連載されてきた「弱く、遠く、小さき群れより」に加筆して、まとめたものである。著者の向谷地氏は、精神疾患からの立ち直りを互いに励まし合い推進している当事者中心の団体である「べてるの家」の働きに、始めから関わってきたクリスチャンのソーシャルワーカーである。

 この本は四部から構成されており、第一部は著者が北海道の浦河町に新卒のワーカーとして赴任して初めて出会った精神科の患者さんたちの様子、その後のつきあいの中で自分の考えが変化していった様子を述べている。

 状態の非常に悪くなった患者さんを前に自分の非力にうちのめされた著者が、「歌でも歌おうか」と声をかける。すると何ひとつ言葉を話さなかった彼が「いつくしみ深き友なるイエスは……」を歌い出したという時に、一番つらいのは本人であると、著者が悟ったくだりには、目がうるんだ。

 第二部は「爆発」してしまう当事者が自分自身の状態を「研究」し、同じように爆発する友だちを「救援隊員」として助ける様子や、「幻聴さん」への対処法を工夫しているたくましい様子を具体的に、しかも楽しく伝えている。

 第三部では、二十八年間にわたって、「べてるの家」の人たちと共に生きてきた著者の宗教的・思想的基盤と実践が、さまざまなエピソードをとおして語られている。「十字架によって示された“人を愛する”というわざは人間に対する深い絶望を裏づけとしている。そして、絶望から回復が始まる」と著者はいう。

 第四部は精神障害を持つ人々が、その「もろさ」ゆえに自らが抱えている「弱さ」を語り、伝え合うことがどのように社会を変えてきたかを語っている。

 病気のおかげで自分と人を助けることを学んだ当事者たちの起こす「べてるの風」はそよそよと全国に吹いていき、接する人びとに自分の心のあり方、社会のあり方を変えさせる力の源となっている。