信仰の種は成長する

高野 昭( 米沢興譲教会牧師 元いのちのことば社ライフセンター福島書店店長 )


 1972年、私はカナダの大型農業を学ぶため、期待を胸にカナダに渡りました。しかし、自分が描いていた理想と現実が、あまりにも違っていたため、ひとり悩んでいました。そんな時、日系人の牧師たちが私を訪ねてくれました。先生がたが話されるキリスト教の内容はわかりませんでしたが、自分でも不思議なことに、「私もあの人たちのように生きたい」と思うようになったのです。

 特別集会に誘われた時、「将来のため、この集会にはどうしても出たほうがいい」という思いが湧いてきて、思いきって出席しました。その晩、私は今まで神を知らないで生きてきた自己中心の罪を認め、イエス・キリストを救い主として信じました。その時、私の中に、真の光がさし込んできたのです。

 2年後、大型機械の技術者として働いていた時、「Go!(行きなさい)」という主の声を聞きました。献身への招きを受けながら断り続けていた私は、神からの直接のことばを聞いて決心が与えられました。大地に種まく仕事から、永遠に残る信仰の種をまく仕事に召されたことが、はっきりわかりました。

 私は仕事を辞め、学びのために神学校に行きました。卒業を間近に控えたある日、聖書を読み、将来の導きを神に祈っていると、「立ってこのヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの子らに与えようとしている地に行け」(ヨシュア1:2)が示されました。ヨルダン川が太平洋に、その先に日本列島がはっきり見えたのです。その日、私は日本に帰る決断をしました。

 こうして7年の留学を終え帰国、文書伝道の働きに導かれ、その後、山形県の米沢興譲教会の牧師としての道が開かれました。教会では、多くの方々との関わりと、不登校や心に弱さを覚えている人たちとの寮生活を通して、私自身が成長させていただいています。

 ある夏の夜の11時頃、寮で高校生の少年が、「この部屋で花火をやる!」と叫び始めました。私は神に祈った後、「わかった、一緒に花火を買いにいこう」と言いました。すると、「もういいです、十分です」と、意外なことばが返ってきました。彼は、お父さんを知らないで育ったので、私を父親に見立て、気持ちをぶつけたかったのです。それから彼は、少しずつ心を開き始め、自分の心の内を話すようになりました。彼のように多くの人たちが、教会の働きを通して、神を信じ新しく造り変えられていく姿を見たことは、大きな恵みです。

 神はまた私の家族にも、信仰の種を育ててくださいました。同居していた父や母も信仰に導かれ、また与えられた3人の男の子たちも、現在、伝道者として遣わされた所で、主の働きに携わらせていただいています。

 47年前、カナダの地で私の心にまかれた一粒の信仰の種は、しっかりと根を張り、そして芽を出し、大きく幹が育ち、たくさんの実を結びました。 

 私たちには多くの計画があります。しかし、神のみこころを祈り求めていく時、神はいつも最善に私たちを導いてくださいます。今日もまた、主の御声を聞きつつ歩んでいます。