フレデリック・フランソンの精神

私は16歳のときに、初めて教会に行きました。スウェーデン人宣教師が開拓した教会でした。教会へ通ううちに、近隣の町々にも宣教師たちがいて、それぞれ開拓をして教会形成をしていることを知りました。教会が成長していくと、ほとんどが日本同盟基督教団に加入し、日本人牧師にバトンタッチしていきました。そして宣教師は、次の町々や村々へと宣教に行きました。母国から次から次へと来日し、宣教師が最も多いときには30名ほどになったと聞きます。日本同盟基督教団の牧師になった当初、「フランソン・スピリッツ」とか「フランソン精神」ということばをよく耳にしました。
教団の歴史は、1891年に15名の宣教師が横浜に来日したことから始まり、その宣教師たちは、フレデリック・フランソン(1852-1908)の宣教アピールに応えて来日した人々であったこと、15名のなかには宣教師になるための訓練を受けていない信徒もいて、宣教への情熱だけで来日したことなどを知りました。
フランソンは宣教の必要を強く訴えながら世界各国を巡りました。その結果、多くの国で宣教団体が生み出されたのです。それら諸団体が宣教のために来日し、いろいろな分野で働いています。その働きのルーツがフランソンにあるということを後日知って、驚いたことが何度もありました。
フランソンの宣教の情熱に応えて15名が横浜に到着し、それから数えて135年の歴史を紡いできたのが日本同盟基督教団です。教団総会を3月に開催しました。総会資料には、私たちが忘れないようにと「宣教協力理念」が掲載されています。少し長いですが総会資料から引用します。
「教団創立の経緯から、『フランソン精神』を共有する。
日本同盟基督教団が理解する『フランソン精神』とは、
(1)犠牲を惜しまない宣教の情熱
(2)未伝地に向かった救霊の情熱
(3)世界的な広い視野に立った宣教
(4)主イエス・キリストの再臨を待ち望む、緊迫感のある宣教である」(第77回 教団総会 資料166頁)
なるほど、私の知っている宣教師たちは宣教の情熱をもって、遠いスウェーデンから来日し、慣れない日本語を使って、まだ教会のない町々へ次々に宣教に行ったのでした。フランソン精神の体現だったのだと私は実感しました。それによって私が主の救いにあずかれたのだと感謝しました。
教団から国外宣教師が派遣され、国内でも全県下に教会を生み出そうとしています。まさにフランソン精神で主の宣教命令に邁進しています。「主よ、どうぞ私たちの働きを用いて宣教を祝福してください」と祈らずにはおられません。
私の仕える千種キリスト教会はどうかといえば、祈り会で「種まき」を用いて世界各国のために祈っています。小さな教会ですが、信仰の視野を広くするように努力しています。小さな教会だから、交わりが豊かにできるという一面も実感します。諸宣教団体からの便りに目を通し、献金依頼には極力応じるようにして、宣教協力に励んでいます。教団内の諸教会のために教団発行の「祈りのネットワーク」を用いて祈っています。大きなことはできませんが、宣教の情熱を失わずに、毎主日礼拝で主を見上げ、教会での交わりを豊かにし、世界的な視野をもって祈りに励んでいます。