主の力強い御手にへりくだる

小山 健単立 岐阜純福音教会 主任牧師

私は牧師家庭に生まれ育ちました。中学生までは順調な人生でしたが、高校生の時に挫折を経験しました。勉強をしても成績が上がらない、友人関係もうまくいかない。神を信じているはずなのに…祈っているのに…。真面目に頑張ることに疲れていきました。高校の授業をさぼり、駅前のゲームセンターに入り浸り、他校の生徒とけんかをするなど荒れた生活を過ごすようになりました。家が教会の隣でしたので、日曜礼拝には出席していましたが、何も聞いていませんでした。神なしでも自分の力で生きて行こうと考えていました。
高校3年生になり、大学受験に失敗。浪人生活が決定しました。受験失敗の傷を抱えて行きつけのゲームセンターへ行きましたが、虚しさだけが迫ってきました。行き詰まった私を、同じ教会の幼なじみたちが中高生キャンプに誘ってくれました。他に行く場所もない私は、とりあえず参加することにしました。
キャンプの最初の集会で次のみことばが語られました。「ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(Ⅰペテロ5:6、7)
みことばが心にすっと入ってきました。キリストが私を愛してくださっていること、こんな私を諦めずに心配してくださっていること、すべてを委ねることができることを実感しました。涙を流しながら罪人であることを悔い改め、キリストの十字架の愛と赦しを受け取り、キリストと共に歩む人生へと変えられました。
キャンプからの1年、「主が高くして下さる」大学生活に期待を膨らませていましたが、再度の大学受験の際に病にかかり、高熱の中で受験に失敗。落胆の中で悩み祈りましたが、主が遣わしてくださるのだと確信を頂き、唯一合格した滑り止めの大学に入学しました。
その大学には、クリスチャンは先輩が数名、同級生1名(後に妻となる女性!)だけでした。しかし、大学生伝道の働きの中で、多くの同級生、後輩が救われていくことを体験しました。主は確かに私をちょうど良い時に、高く上げてくださいました。
大学卒業後、中日新聞社事業局でイベントのプロデューサ―として勤めました。大学時代のように大胆に福音を伝えよう! と燃えていましたが、愛知万博や名古屋国際マラソンなどの企画・運営に携わる忙しさの中で、誰一人教会に誘うことも、救いに導くこともできませんでした。牧師としての献身に導かれる時、「主よ、職場で出会った方々に誰が福音を伝えるのでしょうか?」と祈りましたが、「あなたが伝えるのだ」と語られていることを感じました。岐阜の教会に赴任した後、教会に元同僚の方々が足を運んでくださるようになりました。先日も感謝なことに元同僚の1人が救われました。
伝道の中で常に思わされていることは「私が諦めるような時でも、主は諦めない」ということです。私が主から離れていた時も、愛の眼差しを注ぎ、心から心配し、諦めずに両手を広げて待っていてくださった主は、今日も多くの方々に同じ眼差しと愛を注いでくださっています。主の力強い御手にへりくだり、出会うお一人お一人に福音を伝え続けていきたいです。