与えられた五つのパンと二匹の魚を主が用いてくださることを信じて、伝道の業に 励んでいきたい

日本キリスト改革派徳島教会

  
『あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、
「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、また日や光や、
月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。』
(伝道の書12:1~2 口語訳)

それが、徳島大学蔵本キャンパス周辺の学生マンションと思われる建物を中心に、
オイコス計画伝道トラクトを配布するコンセプトでした。配布者自身、大学生の頃に、
後輩のキリスト者から教会に誘われ、主イエス・キリストに出会った経験があったから
です。
ですから、できるだけ若い時にキリストとの出会いが与えられれば、自分がなんのために
生きているのかという根本命題が解決し、真の人生を歩む切っ掛けになると信じて、
伝道トラクト配布へと向かわさせられました。
しかしながら、最近の医学部生・歯学部生・薬学部生は比較的裕福な家庭環境で育って
いるので、新しい学生マンションに住む傾向が強く、それらのマンションは郵便ポスト
に達する前の入り口でロックが掛かり、暗証番号を入力しなければ中へ入ることができま
せん。そこに伝道トラクト配布に対する大きな壁を覚えたのです。

 今の日本には静かな迫害が進行していると言われます。わたしたちの教派のある引退
教師は、日本におけるキリスト教伝道が困難になったのは、オウム真理教の事件があった
からだと言われました。
確かに、あの事件以来、一般の日本人には宗教は恐ろしいものという意識が刷り込まれ
ました。そして,今回の元首相の襲撃事件の動機が、ある特定の宗教団体への恨みであった
という報道がなされたことにより、ますます宗教に対する日本人の恐怖心・忌避感は強まった
のではないでしょうか。
実際、配布者自身、事件後にも配布を実施しましたので、伝道トラクトに添付されている
わたしたちの教会の電話番号を見て、苦情の申し立て(例えば「お前たちも多額の献金を
集めるために勧誘しているのではないか」)がありはしないかと懸念したことは否めません。

「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者
には愛が全うされていないからです。」
(ヨハネの手紙一4:18 新共同訳)

との御言葉の通りです。

 主イエス・キリストはいつも相手の必要を覚えて対応されました。そして、ご自身のためには
一度も奇蹟をなさいませんでした。あのサマリヤの女に出会われる前にも、喉の渇きをいやされる
ために、水を無から呼び出そうとはされませんでした。そして、サマリアの女が「主よ、渇くことが
ないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」と頓珍漢な要求を
しても、主イエスはその女が意識していない本当の心の渇きをいやされて救いへと導かれたのです。

 配布者自身、伝道トラクトをポストに配布するその一瞬の刹那に、そこの住民の必要を覚える
ことは不可能であることは言を俟ちません。いやむしろ、そこの住民と顔を合わせないようにして
過ぎ去るしか手立てはなく、そこの住民の人生の根本命題を聞き出し、解決を与えるなどとは思い
上がりも甚だしいと申すべきでありましょう。

 事実、第1回の8,000部の伝道トラクト配布を終えて、伝道トラクトを見てわたしたちの教会を訪れた
方は、残念ながらまだひとりもありません。しかし、人を救われるのは、神のなされることです。
わたしたちはただ、与えられた五つのパンと二匹の魚を主が用いてくださることを信じて、伝道の業に
励んでいきたい
と存じます。