日々素晴らしい主の御業を体験

日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 本渡基督教会 伝道師中山寛子

 私がイエス様に出会ったきっかけはゴスペルでした。20歳の頃の私は、何のために毎日毎日頑張って生きなければならないのか、生きる理由が分からなくなっていました。
 専門学校へ通学する途中の池袋の街で道端に座り込み、人々の流れを見ながら過ごしていました。雑踏の中で私一人いなくなってもこの世界は何ら変わらない、体は生きていても心は死んでいるような状態でした。
 そんなある日、楽器店で見つけたゴスペルの本を通して、池袋の教会で活動しているゴスペルクワイヤがあることを知りました。興味を持った私は、その日のうちにホームページを調べて、3日後に行われるクリスマスコンサートに行ってみることにしました。
 そこでは大の大人が満面の笑みで大声でゴスペルを歌っていて、その姿に心を惹かれて私もゴスペルを歌いたいと思い、クワイヤの練習に参加するようになりました。最初は自信のなさから人の目を見ることも、自分から話すこともできませんでした。しかし、ゴスペルを歌っていくうちに私の心は次第にほぐれていきました。
 ゴスペルの歌詞を理解するために聖書も読むようになりました。そして、ゴスペルを歌い始めて3か月後、ゴスペルのニューヨークツアーに参加する中で、イエス様を救い主として信じたのです。
 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハネ3:16)
 イエス様は十字架にかかって死んでくださったほどに私を愛してくださっている。今まで「自分」という存在は死んだら無になってしまうと思っていたが、イエス様を信じる者は「自分」という存在のまま、永遠に生きることができるのだ! まさに目から鱗が落ちる感覚でした。イエス様は池袋の道端に座り込んでいた私に目を留めてくださり、声をかけてくださり、救いに導いてくださったのです。
 「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい」(Iコリント6:20)
 救われた時に、この人生は私のものではない、私のいのちを買い取ってくださったイエス様のものだ、という献身の思いも与えられました。かつての私がそうであったように、生きる希望を失っている人にイエス様の救いを伝えたいと思い、伝道師になりました。
 現在も、遣わされている教会でゴスペルを歌っています。ゴスペルをきっかけに新しい方が教会に導かれ、救われる方が起こされ、長年祈ってきた礼拝の奏楽者も与えられました。
 教会全体がイエス様の喜びで満たされ、祝福され、日々素晴らしい主の御業を体験しています。神様はあらゆる方法で人を救い、ご自身のエクレシア(教会)を建て上げておられます。
私も共に福音にあずかる者として主の導きに従い、主のみこころの内を歩んでいきたいと願っています。