神の介入
◆海外からの文書伝道レポートを紹介します
イエス様の教えは、いつもわかりやすいものだったとは言えないかもしれません。問いに対してさらに問いで応じられたり、時を経て初めて意味が明らかになるような、重層的なたとえ話を語られました。その教えは二千年以上にわたって語り継がれ、あらゆる時代の偉大な思想家や教師たちをも謙遜にしてきました。
しかし、ある一つの問いに対しては、イエス様は非常に明確に答えられています。それは「すべての戒めの中で、どれが一番大切なのですか」(マルコ12:28参照)という問いです。この問いに対して、イエス様は言葉遊びをされることも、問い返されることも、たとえ話で語られることもありませんでした。ただまっすぐに、こう答えられたのです。
「第一の戒めはこれです。『…あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』第二の戒めはこれです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』これらよりも重要な命令は、ほかにありません」(マルコ12:29〜31)
私たちは日々、どのように生きるべきか、何が道徳的に正しいのか、ますます複雑になる世界の中で主がどのように私たちの賜物や人生を用いようとしておられるのかがわからなくなることがあります。
しかし、そのすべてに圧倒されるときこそ、私たちはこの「最も大切な戒め」に立ち返る必要があります。神を愛し、隣人を自分自身のように愛すること。
愛は、すべての問いを見つめるためのレンズです。
愛は、あらゆる行いの価値を測る尺度です。
愛こそが、私たちの生き方の基準なのです。
EHCでは、この「最も大切な戒め」が、私たちの行うすべてのことを導き、方向づけています。キリストをすべての人に、あらゆる場所へ届けていく働きの中で、私たちの活動は常に愛によって導かれています。あらゆる運営上の判断やミニストリーの戦略も、この戒めの基準によって測られます。
私たちが、キリストを全世界に届ける働きのパートナーとして皆様をお招きするとき、その中心にあるのもこの戒めです。神を愛し、隣人を愛する歩みに、シンプルに、そして明確に共に歩んでくださいますか。私たちの願いは、皆様がそのような愛に生きるよう励まされ、力づけられることです。
今日、あなたがどこに置かれていようとも、この最も大切な戒めに従うための小さな機会を見いだすことができますように。そして、今月ここに記された物語が、愛の道を歩むあなたの励ましとなりますように。
あらゆる場所の、あらゆる世代の、あらゆる人のために。
EHC国際総裁 タナー・ピーク
EHCコスタリカの証し
メルビン・モラ牧師の目には、その日すべてが順調に進んでいるように見えていました。ウハラス・デ・カリブランコ地域のさまざまな教会が集まり、家庭や公共の場で近隣の人々にキリストを届けようとしていました。
その日は伝道に最適な土曜日でした。明るく暖かな太陽が公園を照らし、メルビン牧師とチームは通りかかる人々と語り合い、祈り、聖書や福音のトラクトを手渡していました。
集まったボランティアの中には、今回が初めてのアウトリーチという人もいました。言葉をうまく伝えられるか、十分な勇気を持てるか、不安を覚える人もいたことでしょう。それでも、その場は喜びと期待に満ちていました。このささやかで誠実な「時間」と「愛」のささげものを通して、神がどのような働きをなさるのか、誰もが胸を躍らせていたのです。祈りの中で肩にそっと手を置く優しいしぐさ、真剣に耳を傾けるまなざし―そこには確かに神の臨在がありました。

しかしそのとき、メルビンの視線は何度も、公園の少し離れたベンチに一人で座る男性へと引き寄せられました。まるで聖霊が彼の目をその男性へと向けさせているかのようでした。
EHCコスタリカチームはこう語ります。
「周囲の人々は奉仕を続けていましたが、メルビン牧師は神様からの強く明確な促しを感じ、その男性に近づくよう導かれました」
その導きに従い、男性の隣に座りました。そして神の愛と憐れみ、イエス様による赦しについて語り始めました。すると間もなく、男性は涙を流し始めました。
「今、ナイフを持っているんだ。今日、誰かを殺すつもりだった」
彼は怒りと絶望、闇に押しつぶされ、すべてを失いかけていることを語りました。人生を決定的に変えてしまう選択の瀬戸際に立っていることを、自ら悟っていたのです。しかしその瞬間、神はメルビン牧師を通して介入されました。福音―いのちのことばが、新しい道を示したのです。
聖霊に触れられた男性は悔い改め、イエス様に人生をゆだねました。そして暴力を手放す決意のしるしとして、メルビン牧師にナイフを手渡しました。
「彼は破壊ではなく『いのち』を、絶望ではなく『希望』を選びました。主はこのアウトリーチを通して働かれ、人生を永遠に変える瞬間を備えてくださいました。この証しは、どんな心にも神は触れてくださることを思い起こさせます」
しかし、この物語はここで終わりではありません。地元の教会が彼を受け入れ、寄り添い、弟子訓練と霊的サポートを続けています。揺るぎない愛と交わりの中で、神は彼の人生を回復し続けておられるのです。
彼は今、仕事を持ち、安定と尊厳を取り戻しました。壊れていた夫婦関係も修復され、家族の間に和解が生まれました。神は負債を返済する道さえ備えてくださったのです。
これは「介入」の物語です。しかしそれは、一瞬の出来事にとどまりません。福音が適切な時に届くとき、神は最も暗い章でさえ書き換えることがおできになります。聖霊の促しに応えて、メルビンは自分の行動を中断し、周縁にいる一人の人に目を向けました。神はその従順を通して、悲劇になり得た物語を、恵みの証しへと変えられたのです。そしてこの物語は、教会の忠実で変わらぬ歩みによって、一人の人生、そして家族全体が変えられていく物語でもあります。
私たちが周縁にいる人に目を向け、聖霊の導きに心を開き、日々、そして年月を重ねながら、神の愛をもって隣人に手を差し伸べるとき、神は今も働いてくださるのです。