歴史散歩[3] 「いのちのことば社70年史」より

直営店ライフセンターの全国展開


いのちのことば社の販売部門のうち、小売部門をライフセンター部と称し、流通・取次を担う部門を卸部と称してきた。
ライフセンターという名称でいのちのことば社が直営書店を開いたのは、1962年に開店した渋谷書店が最初であった。すでに北沢店という小さな店舗を持っていたが、「私たちはだれか他の人たちに書店をしていただき、私たちは本の出版に集中できるだろうと考えていた。しかし、その考えは間違っていることがわかった」(「小さな種から」)。 いのちのことば社が12年目に入った62年の時点で、すでに150点以上の本を出版し、「百万人の福音」も軌道に乗ろうとしているところだった。
そこでふさわしい場所を祈り求め、渋谷駅から1分の場所に第1号店が誕生したのである。その後、80年代にかけて続々と20店が生まれていくわけだが、東京3店(渋谷、池袋、本社店)と大阪2店(大阪、難波店)および那覇店が直接設置されたもので、残り14店は地方の宣教師団体が開拓伝道と並行して運営していた書店を併合したものであった。
77年、卸部は流通の機能を改善する取り組みを始める。在庫を適正に管理し、自社版元の協力を得ながらコード付けによる商品管理をし、変革を進めた。 また、運送業界の変化によって、翌日に配達できる範囲が広がり、大阪にあった卸部支店を閉鎖し、東京から全書店へ直接届けるようにした。当時、飯田橋(新宿区小川町)にあった聖文舎ビルの1、2階で仕事をしていたが、立ち退きを求められ、近くにあった大きな朝倉書店ビルの2階に引っ越した。ここでは、ワンフロアでスムーズな作業ができた。しかし、ここでも立ち退きを求められ、八王子への移転を決めた。今まで倉庫から卸部へ自社商品の搬入をしていたが、倉庫と卸部を一緒にした。また外販、通販も統合し、「いのちのことば社流通センター」とした。
一方、書店のほうは、94年10月、ライフセンター渋谷書店、池袋書店、本社書店を統合し、新宿駅南口の池田ビルに「オアシス・ブックセンター」を開店した。ビルのオーナーがマクビーティと知り合いだったことで、事務所として使用していた部屋を店にすることを許可してもらえるという、主の導きがあった。社内公募で決めた店名「オアシス」は、その後直営店の移転・改装の際に「オアシス〇〇店」と改めるようになっていく。