福音の恵みを共に受けて

札幌レインボー・チャペル 伝道師下道美知

 私は小学校1年生の時に、竹馬の友に誘われて初めて教会の日曜学校に行きました。今まで歌ったことのない子ども賛美歌や英語の賛美、聞いたことのない聖書のお話を聞きました。クリスマスプレゼント、イースターエッグ、子ども会と、楽しく日曜学校に通いました。聖書から人はみな罪人であり、イエス様が私の罪を負って十字架で死なれ、三日目によみがえり、私の罪を赦してくださるお方だと耳にたこができるほど聞いていました。
 6年生の3学期頃、私は母をけなしたことがきっかけで、自分は本当に罪人であることに気がつき、神様の前に悔い改めの祈りをしました。私の数々の罪が思い浮かび、あのこともこのことも神様ごめんなさい、赦してくださいと祈り、涙がとめどもなく流れる中で、神の赦しと御愛を体験しました。その時、私はイエス様のために何かをしたいという献身の思いが与えられました。担任の先生に、イエス様の十字架と神様の愛を伝えました。少し障害のある子がいて、その子にもイエス様を知ってほしいと祈りました。するとその子も教会に来たのです。子どもでも祈れば聞かれるという体験をしました。彼は救われ今に至っています。
 私は、伝道者となり、今から39年前に札幌で主人と共に伝道牧会をすることになりました。教会で結婚式を挙げられたある未信者のご夫妻に、「クリスチャン新聞・福音版」を数年間送り続けましたが、もうこの辺でやめようかと思っていると、献金が送られてきて再度送付しました。何年か過ぎ、何の音沙汰もないのでどうしたものかと思っていると、年賀状に、福音版を読んで教えられ、励まされ、日々の生活の指針にしています、とのうれしいお便りが届きました。昨年は、そのご夫妻が結婚式以来数十年を経て初めて教会に来てくださり、聖書の話で会話が弾み、恵みの時となりました。あとは救いを願い、祈り、送り続けるだけです。
 またある方は、自らが悩み苦しんでいる時、福音版で慰められ、励まされ、力づけられたので他の人にも送ってくださいとクリスマスにたくさんの切手を同封して送ってくれて、うれしくも驚きました。何の反応もないと思っていた私は送り続けることができています。また「教会の近くまで来たので」と言って、手紙と切手を郵便受に投函される方もいます。最近は送るたびに感謝のメールをくださる方もいます。
 神様は私の知り得ないところでこれらの未信者の方々の心の内に働いて励まし、慰め、力を与えて導いてくださっていると感じています。
 私一人の力で継続して福音を伝えることはできませんでしたが、読んでくださる方々と、何よりも神様が、私の背中を押し続けてくださり、継続できたと感じています。ただただ神様の助け、恵みです。
 母は、90歳で召天するその日まで文書伝道をしていました。私も年を重ねても続けたいと願っています。
 「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます」(1テモテ2:4)
 私も福音の恵みを共に受けています。感謝です。すべての栄光を主に帰して。